デザイナーが経営に参画して役割拡大のために奮闘しても、日々のビジネスを回す現場に「デザインを主体的に活用しよう」という意識が育たない限り、「デザイン経営」を全社に浸透させるのは難しい。8月2日、シリーズセッション「デザイン経営の現在地」(主催:SPBS THE SCHOOL、Takram、ダイヤモンド社)の第2回が「デザイン中心の組織風土づくり」をテーマに開催された。Takram代表の田川欣哉氏、一橋大学大学院経営管理研究科教授の鷲田祐一氏のナビゲートの下、デジタルビジネス領域で先駆的にデザイン経営に取り組む2社の事例から実践のヒントを探った。(取材・構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎 撮影/まくらあさみ)
デジタル領域の成長企業に根付く「デザイン志向」の文化
デザイン中心の企業カルチャーを考える上で、良き手本となるのが、デジタルビジネスで急成長を果たしているSaaS企業だ。デジタルサービスでは、基本的に顧客接点に人が介在しないため、ユーザー体験の向上のためには、UI/UXはもちろん、サービス設計からブランディングまで、あらゆるプロセスに高いデザイン意識が欠かせない。そのため、経営層はもちろん、開発や営業、バックオフィスまで巻き込んだ「デザイン志向」の組織風土づくりが極めて濃密に実践されているからだ。
本セッションでは、マネーフォワードのVPoC(Vice President of Culture)の金井恵子氏、エムスリーのCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)の古結隆介氏をゲストに迎え、両社のデザイン経営の取り組みと、それを支える企業カルチャーの特色が紹介された。
(1)「想い」をデザインして文化を育てる──マネーフォワード・金井恵子氏
2012年に創業したマネーフォワードは、個人向け資産管理の<マネーフォワード ME>や、法人向けバックオフィス業務支援の<マネーフォワード クラウド>などのサービスで知られる金融系SaaSの先駆的企業だ。同社には、デザイン組織の強化やブランディングを担うCDOとは別に、企業文化の責任者としてVPoCという役職がある。20年からその任に就いているのが金井氏だ。
金井氏は、創業間もない14年に同社の1人目のデザイナーとして入社した。16年にMVVC(ミッション、ビジョン、バリュー、カルチャー)策定プロジェクトをけん引して以来、「会社の価値観をデザインし、それを浸透させる」役割を先頭に立って担ってきた。その過程で、社員の肉声を丁寧に伝える社内報の創刊や、グループの一体感を形作るオールハンズの全社総会の企画運営、人事部門のリデザイン、オフィス設計など、「共創の文化」「想い」「場」「働き方」まで、デザインの対象を大きく広げてきたという。
「今年7月、MVVCを7年ぶりにアップデートし、Values(行動指針)に『Tech & Design』という言葉が入りました。企業として『デザイン』を競争力の源泉に位置付ける、という明確なメッセージです。これが経営層からの提案で実現したことを非常にうれしく思っています」(金井氏)
(2)ビジネスとカルチャーを貫く「スピード」という価値──エムスリー・古結隆介氏
医療従事者専門ポータルサイト<m3.com>の運営を核に、医療関連サービスを幅広く展開するエムスリー。日本の医師の9割以上に当たる33万人超の登録者を抱える医療ITの雄だ。「インターネットを活用し、健康で楽しく長生きする人を1人でも増やし、不必要な医療コストを1円でも減らすこと」という企業ミッションからも分かるように、同社のビジネスは「効率」に大きな価値を置く。
こうしたミッションと連動した企業カルチャーとして、CDOの古結氏が強調するのが「圧倒的なスピード」だ。70以上の事業を抱える同社では、今も3カ月に一つのペースで新規プロダクトやサービスが立ち上がる。このスピード感の実現には、コンセプト開発からUX設計、プロモーションまで、新規開発に一貫して伴走するデザインチームが大きく貢献している。
合言葉は「2割共有」。つまり、形にするのに10日かかるデザインなら、2日でチームに共有して素早く方向性をジャッジするのだ。さらに、プロトタイプ段階からユーザーに積極的にリサーチをかけることで「頭の中だけで考えた価値」は早期に捨て去り、「ユーザーに確実に刺さる」と確信を持てたプロダクトだけを磨き上げていくという。
「デザイナーがビジネスチームと同じ目標を持ち、圧倒的なスピードで期待以上に応えていく。これを徹底することで、経営やビジネスチームから信頼を得られます」と古結氏。「どうすれば経営にデザインをインストールできるのか?とよく聞かれるのですが、知識や仕組みをインストールするだけでは文化になりません。エムスリーでは『やりながら考える』『とにかくやってみる』という行動重視の姿勢が、デザイナーだけではなく全社に共有されています」(古結氏)