視聴者は現実を見たくない?仕事の苦労が描かれないワケ

でも『あんぱん』では「漫画が好きな人=日々漫画を描いている」というイメージに固定化しない。画一的な表現をしない矜持もあるかもしれないが、どちらかといえば、懸命に努力しても認められない事実が視聴者を落胆させない配慮ではないだろうか。
昨今、エンタメにおいて、仕事で苦労する描写は好まれない。上司に厳しくされたり失敗したり成果が出なかったり。現実にもあることをなぞられると見ていて楽しめない。だからそこは省く。おおかたそんな配慮からではないだろうか。
やって認められないのは哀しいが、やらなければいつかきっとと、いつまでも夢見ていられる。
でも、六原やいせたくや(大森元貴)のようなきらめく才能がないと痛感し、身動きがとれなくなっている。そういうしんどさも相当しんどいと思う。
ある日、いせは嵩に詩を書かないかと提案する。嵩の漫画を読み、そのセリフに「かなしくてあったかい」詩心を感じ、歌詞が書けるのではないかと考えたのだ。
やっぱり漫画の依頼じゃない。残念。本人のやりたいことと、できることは違うこともある。嵩はやっぱり絵よりも言葉の人だと『あんぱん』では解釈したのだろう。
でも嵩は漫画を描きたい。
「僕はね漫画家なんだ。ちっとも売れてないけど。漫画家は漫画を描くべきなんだよ」と言いながら筆が進まない。いつまでもうじうじ。
のぶが「やってみたらいいじゃない」と助言すると食い気味に「僕の仕事に口出さないでくれ」と聞く耳を持たない。
嵩の仕事がないから、のぶは会社勤めの傍ら、八木(妻夫木聡)の店で働き始めた。嵩には内緒だ。
そこに蘭子(河合優実)が顔を出す。3人で嵩の話題になる。
八木は「あいつの書く言葉は全部、俺には詩に聞こえるけどな」と言い、蘭子はそれに気づく八木も詩人だと指摘した。ただの雑貨屋のおやじだよと謙遜する八木。