その夏に出会った女性は
「父の恋人」ではなかった

 中学2年生の夏休みのことだ。小6の妹とふたりで東京から金沢に行き、父の家に着いたら、女性がいた。父が「ミワコさんや」と紹介してくれた。私はいつもの遊んでくれるお姉さんだと思って、「こんにちは。長女の香織です。こちらは妹の佐知です。よろしくお願いします」と挨拶した。

 しかし数分後、父の新しい家を文字どおり家探しした妹がやってきて、こう言った。

「姉ちゃん。さっきの女の人、お父さんの奥さんだよ」

「え…。そんなことあるわけないじゃん。彼女でしょ」

「ううん、絶対に奥さん。だって箪笥に女の人の服、たくさんあるし、本棚に妊娠と出産の本もあった」

 私は妹に案内されるままそれらを確認し、愕然とした。そして父のところへ行って恐る恐る「ねえ、ミワコさんって、お父さんの奥さんなの?」と尋ねると、父はバツの悪そうな顔をし、「ほおねんて(そうなんだよね)」とまるで他人事(ひとごと)みたいに答えた。

 私はマンションの屋上にひとりで上がって泣いた。この時点ではいつか両親がもう一度一緒になり、家族5人で暮らす未来もあるんじゃないかと夢想していたのかもしれない。父の再婚は、そういう未来がないことを如実に物語っていた。

 1時間ほど泣いて、涙は枯れた。本当に一滴も出てこなかった。見上げた空には、星がいくつかまたたいていた。そうして私は本当に、自然に、「親の人生は親個別の人生であり、それを子どもがどうこうしてほしいと言う権利はない。そして、子どもの人生も親がどうこう言う権利はない」という想いにたどり着いた。階下に戻り、私は父に言った。

「お父さん、結婚おめでとう」

 1ヵ月の滞在が終わり、金沢を出た夜行列車「能登」が早朝、上野駅に着くと、母がホームで待っていた。

 家に向かう電車に並んで座り、「どうだった?」と尋ねる母に、「お父さん、結婚してたよ」と私は言った。母は「ええ!?」と驚いた。父が結婚したのは数ヵ月も前のことなのに、しかも実の子がふたり会いに行くというのに、母は事前に何も知らされていなかったのだ。私は二の句が告げなくなった母の顔を見て、「お母さんも好きな人がいたら、結婚していいよ」と言った。皮肉ではなく、心から。

 あの夏、私は10歳くらい年を取った。