米国はかねてより、EUのデジタル規制や農産品規制などの非関税障壁について、米企業の参入や利益獲得を妨げていると不満を表明している。なかでも、EUのデジタルサービス法(DSA)やデジタル市場法(DMA)による巨額の制裁金や、フランスやイタリアなどが導入したデジタルサービス課税は、GAFA(「Google(Alphabet)」「Amazon」「Facebook(Meta)」「Apple」の総称)をはじめとした米テック企業を不当に狙い撃ちしたものだとして批判しており、今回の交渉をきっかけに規制緩和を迫りたい考えだ。
しかし、こうした一連の規制は、個人情報の保護や食の安全がEU市民の権利だという、EUの根幹的な価値観に関わる部分であり、EU側としては譲歩することのできない「レッドライン」とされている。仮に米国が、この分野でEUからの譲歩がない限り今後のプロセスを進めないというスタンスを維持した場合、今回の合意内容が履行されないおそれもある。最悪の場合、再び米EU間の貿易摩擦が高まる可能性も否定できない。
米EU間の交渉動向は
日本にとっても他人事ではない
米国とEUが大枠で合意した後、詳細交渉の進捗が芳しくないという事実は、同じく7月に米国との関税交渉で合意に至った日本にとっても他人事ではない。
8月7日に発効された新たな相互関税では、米国はEUに対して、既存の関税率が15%未満の品目では既存税率と相互関税が合計で15%になるようにするという、税負担の軽減措置を盛り込んだ。
日本政府の説明では日本も同様の軽減措置の対象になるはずであったが、関税発効時点では対象外となった。急遽開催された日米間の再協議によって、日本もEUと同等の扱いに修正することが確認されたものの、当初の合意内容がそのまま履行されるとは限らないというリスクを浮き彫りにする出来事であった。
分野別の関税についても、日米間で合意した自動車関税の引き下げ時期は未定のままだ。また、医薬品や半導体に関しては、米EU合意では関税率を15%にするという内容が含まれているものの、日米合意では明言されていない。
日本側の説明では「将来分野別の関税が課される際も他国に劣後する扱いとならない」と約束したとされており、日本政府は日本の医薬品や半導体についてもEU産品と同様の扱いになるとの見解を示しているものの、不確実性が残る状況だ。
日米同意に含まれた5500億ドルの対米投資枠の内容についても、米EU合意の投資枠と同様に、両国間の理解に大きな相違がみられる。こうした合意内容の「解釈」の違いを発端に摩擦が再燃し、合意内容が履行されないリスクを抱えている点は日本もEUと同様だ。日米合意の先行きを占う意味でも、米EU間の交渉の動向にも目を配る必要がある。
(伊藤忠総研 副主任研究員 高野蒼太)