同じ年に出版された著書『The Road Ahead』(邦題『ビル・ゲイツ 未来を語る』)でも、ゲイツ氏はインターネットを「情報の津波」と表現し、従来のビジネスモデルを根本から変える力があると述べている。

 ここでも「Sink or Swim」という言葉そのものは出てこないが、変化に対応しなければ淘汰されるという考えは一貫している。

 柳井氏とゲイツ氏に共通するのは、変化を恐れず挑み続けなければ生き残れないという信念である。この考えはダーウィンの進化論、つまり適者生存の考え方と重なる。企業や人は環境に適応できるかどうかで生き残りが決まる。

 ただ、ある学術論文を読むと、受け止め方が少し変わってくる。

「泳げる力」は生まれつきの資質によって異なる?

「Darwinism, behavioral genetics, and organizational behavior: A review and agenda for future research」には、ビジネスで成功する力、すなわち「泳げる力」が、後天的な努力だけでなく、生まれつきの素質にも関係している可能性を示している。以下に論文の一部を引用してみたい。

《進化論的観点から見れば、遺伝的特性は、人類が適応問題を解決するのを助けてきた、進化した心理システムの多様性を反映している。個人差の根底にある遺伝的多様性は、異質な環境ニッチ全体で適応度を最大化し、それゆえ適応的価値を持つと考えられている》

 難しすぎて何のこっちゃ、と思われるだろうが、要するに、人の持つ遺伝的な違いは、いろいろな環境にうまく適応して生き残るために役立ってきた。だからこそ、多様性には価値があると考えられているということだ。

 ちょっと脇に逸れるが、この指摘は、経営における人材の見方に大きな問いを投げかけるかもしれない。

 もし「泳ぐ力」が個人の持って生まれた資質に強く依存するのであれば、企業は教育で全員を同じように育てるのではなく、最初から泳ぐ素質を持つ人を見つけることに力を入れるべきだという結論にたどりつく。

 だからこそ、ゲイツ氏は「泳ぎ方を学ばない者は溺れてしまうる」として、「Sink or Swim」とは少し距離を置いた可能性もある。