自分自身を思いやることができたシーンを回想してもらう

 自己批判しがちな人に有効なのが、「セルフ・コンパッション」と呼ばれる、自分に思いやりをもって接する方法です。これは近年注目されています。

 たとえば、大切な友人が仕事でつまずき、落ち込んでいるとしましょう。そのとき、みなさんは友人に優しく励ましの言葉をかけてあげると思います。それと同じような態度で自分にも接するのです。

 自分を思いやると、自分がさらに弱くなってしまうように感じるかもしれませんが、実際はその逆です。

 セルフ・コンパッションが高い人は、自己批判することも少なく、自己肯定感や自信が強くなり、心身の健康も高まることが知られています[2]。セルフ・コンパッションは、自己批判しがちな人への処方薬になるのです。

 では、どうすればセルフ・コンパッションを高めるように、本人に仕向けることができるのでしょうか。

 じつは、ちょっとレンズを変えるだけで、セルフ・コンパッションを高めることができます。どんなに自分に批判的な人でも、これまでに何回かは自分に優しくした経験があるはずです。

 たとえば、仕事で疲れた日に、長めにお風呂につかったといった経験です。仕事を始める前にこうした経験をちょっと思い出してもらうのです。

セルフ・コンパッションを高める3つの質問

 具体的には次の3つの質問のうち答えやすいものを1つ選び、過去の経験を思い出してもらいます[3]。

質問1 仕事で落ち込んだとき、気持ちを立て直すために、自分のために何かしたことはありますか? 気分転換をしたり、自分を少しいたわった経験を思い出してみてください。

質問2 自分の苦手なところや欠点に気づいたときに、「これも自分の一部かもしれない」と受け止められたことはありますか? 自分の短所や弱さに対して、責めるのではなく、「そんな自分もいるんだ」と受け入れられた経験を思い出してみてください。

質問3 自分の言動が原因でうまくいかないことがあったときに、落ち着いてその出来事を振り返り、「次はがんばろう」と、自分に声をかけたことはありますか? 失敗や後悔の後、自分に励ましの声かけをしたときのことを思い出してみてください。

 こうしたエクササイズを行うと、自分自身に思いやりを向けるセルフ・コンパッションなマインドセットが働きだします。

セルフ・コンパッションが1日のパフォーマンスを高めてくれる

 こうしたエクササイズを行うのに必要な時間は、5分もいらないでしょう。しかし、その効果はあなどれません。

 ある調査では、従業員128人に対して5日間、1日3回、計15回のアンケートを実施し、このようなエクササイズがもたらす影響を検証しました[4]。
 このエクササイズを朝に行うと、その日の午後には次のような効果が見られました。

自己肯定感が高くなる
疲れにくくなる
心が折れにくくなる
ワーク・エンゲージメントが高まる

 つまり、ウェルビーイングが高まっていたのです。
 そして、その日の夜には、今日はいつもより仕事がはかどったと感じていました。つまり、仕事のパフォーマンスも高まっていたのです。

 自己批判しがちなメンバーがいたら、ぜひ、このエクササイズを教えてあげてください。そして、友人に思いやりをもって接するように、自分にも思いやりをもっていいことを伝えてください。

 というのも、多くの人が、自分に厳しくすることが正しく、自分に思いやりを向けるのは甘えだと思っているからです。しかし、これは誤解です[5]。エビデンスに基づけば、セルフ・コンパッションはウェルビーイングを高め、仕事のパフォーマンスを高めてくれる有効な方法なのです。

セルフ・コンパッションをまずはリーダーから

 メンバーが自己批判的な態度をとってしまうのは、もしかしたら、リーダーに原因があるのかもしれません。リーダー自身が自分に厳しければ、その態度をメンバーも見習おうとするからです。

 したがって、メンバーにセルフ・コンパッションのエクササイズをすすめるのと同時に、リーダー自身が自分を思いやる姿勢を示していくことが大事です。

 リーダーがこのエクササイズを実践するのもよいでしょう。また、リーダーが自分を思いやる姿勢を示すには、リーダー自身がしっかりと休むことも有効です[6]。そして、メンバーにも休みを取るように推奨しましょう。休みを取ることも、自分の心身をいたわるセルフ・コンパッションな行動です。

*この記事は、『職場を上手にモチベートする科学的方法――無理なくやる気を引き出せる26のスキル』(ダイヤモンド社刊)を再編集したものです。

[1] Xanthopoulou, D., Bakker, A. B., Demerouti, E., & Schaufeli, W. B. (2007). The role of personal resources in the job demands-resources model. International journal of stress management, 14(2), 121.
[2] Neff, K. D. (2023). Self-compassion: Theory, method, research, and intervention. Annual review of psychology, 74, 193-218.
[3] Jennings, R. E., Lanaj, K., & Kim, Y. J. (2023). Self-compassion at work: A self-regulation perspective on its beneficial effects for work performance and wellbeing. Personnel psychology, 76(1), 279-309.
[4] 2に同じ。
[5] Chwyl, C., Chen, P., & Zaki, J. (2021). Beliefs about self-compassion: implications for coping and self-improvement. Personality and Social Psychology Bulletin, 47(9), 1327-1342.
[6] 若杉忠弘 (2024). 『すぐれたリーダーほど自分にやさしい──疲れ切らずに活躍するセルフ・コンパッションの技術』 かんき出版.