
サンリオじゃなくてキューリオ
八木の会社名がキューリオになっていることがなかなか衝撃。八木のモデルはサンリオの辻信太郎であることは公表済み。初期の社名を「山梨シルクセンター」から「九州コットンセンター」に変えてあり、キューリオとは、九州のキューであろうか。
そして、出版部門を設立。雑誌『詩とメルヘン』の編集長に嵩が就任した。
漫画家、詩人、作詞家、絵本作家、映画監督とやっていて、今度は編集長。嵩はいったいどれだけいろんなことをやっているのか。おそらく、何か彼にしかわからないものがあって、それを求めているのだろう。
嵩は『詩とメルヘン』を一般人の投稿雑誌にした。自分が最初、漫画の投稿で賞を取ったからで、若い世代に可能性を開きたいと考えたのだ。
実際の『詩とメルヘン』はやなせたかしが「責任編集」というものに憧れて、辻に頼んで創刊にこぎつけたもの。売れないと思われていたが、意外にも売れて、2003年まで続いた。
やなせは表紙、豆カット、インタビュー、メルヘンから選者までなんでもやっていた。初期は予算が少ないなか、自分でやるしかないという台所事情もあったとは思うが、なんでもやりたがりの、いい意味で欲張りな性格だったのかなとも想像する。
こんなになんでも好きなことができたのは、一重にのぶがいてくれたからだろう。生活に関する一切をおそらく妻がやっているはず。掃除洗濯料理や事務作業など全部、妻に任せていたに違いない。妄想に過ぎないが、着る服とかも毎日ちゃんとそろえて準備してくれて、それを何も考えずに着るだけだったのではないか(あくまで妄想ではあるが、そういうクリエーター系の男性は確実に存在する)。
ドラマではのぶはとても呑気そうに見えるが、描かれていなくても、きっと猛馬力で走り回るように働いているのだと思う。
