「そうなんです。妻が絶対に譲らないので、早くも若年性認知症になっちゃったんじゃないかって、本気で心配になって、友だちが集まったときに相談したんです」
――若年性認知症まで心配するとは、よほどショックだったんですね。
「そうですね。だって、こっちはそんなこと絶対に言ってないんです。それなのに、約束したのに嘘つきとか、家族のことを裏切って予定を変えるなんて身勝手だとか、激しく責め立ててくるもんで。参りましたよ」
取引先との納期の認識違いはなぜ起こるか
――ただ、記憶のスレ違いは、だれにでもよくあることですよ。そもそも記憶というのは案外揺らぎやすいものなんです。
「記憶が揺らぎやすい? 頭が正常でも? 認知症でなくても?」
――はい、そうです。たとえば、奥さんとの間でなくても、仕事上のやり取りとかでも、記憶のスレ違いに困惑したことはありませんか?
「そう言われてみれば、取引先の担当者との間で、何度か記憶のスレ違いみたいなことがありましたね。納期についての記憶が違ってたり、値引きにあたっての条件面についての記憶が違ってたり」
――そのようなとき、どう思いましたか? 頭がおかしくなったんじゃないかって思いましたか?
「まあ、相手はお得意さんですからね。関係を悪化させるわけにもいきませんから、忙しくて勘違いしてるのかなとか、他社とのやり取りと混同しちゃってるのかなとか思いますけど、それは口にせずに、やんわりと再交渉する、って感じですかね」
――そうでしょうね。それに対して、相手が身近な人だと、つい感情的になって厳しい見方をしがちですよね。でも、そうした記憶のスレ違いは、けっこう日常的に起こっているはずです。記憶というのは、それほど揺らぎやすいものなんです。
「そう言えば、今思い出したんですけど、学生時代の友だちと集まって、学生の頃一緒に旅行したときの話題になったら、自分の記憶と違うことがけっこうあって戸惑ったことがありました。一緒に京都に行ったんですけど、まわった寺とかが違うんですよ」
――そういったスレ違いは、実によくあるパターンですね。京都だと何度も訪れたことがあるのではないですか?
「ええ、別の友だちと行ったり、家族と行ったり、修学旅行で行ったり……何度も行ってますね」