仮に政治から手を引いたとしても、スペースXの宇宙開発、衛星インターネットのスターリンク、AI開発とX(旧ツイッター)の融合など、テスラ以外のビジネスチャンスもマスク氏を目移りさせるには十分です。

 もしマスク氏のやる気スイッチがオフになって、テスラの経営からこのタイミングで手を抜いてしまうようになれば、テスラ社は経営危機に陥るかもしれません。

 マスク氏がテスラ株を13%しか保有していないことも、やる気と関係しているようです。ですから巨額のインセンティブを与えて、マスク氏にテスラの経営に専念させようというのは経済合理的なアイデアです。

 マスク氏が最終的に1兆ドルの報酬を手に入れるためには、まずテスラの時価総額を現在の1.1兆ドルから8.5兆ドルまで引き上げる必要があります。これは現時点で世界最大の時価総額を持つエヌビディアの倍の規模です。

 さらにマスク氏は10年間で少しずつ達成可能な12段階の業績目標を達成していくことが求められます。それはボードゲームのようにテスラの成長を前に進めていくような目標です。

 たとえばテスラ車の納車を累計2000万台に拡大し、自動運転のサブスクリプションを1000万件獲得する目標があります。これをマスク氏が達成したとすれば、現時点で年間180万台の納車にとどまっているテスラはふたたび世界のEV市場でダントツのジャイアントに返り咲きます。

 期待されるロボタクシーに関する目標は、商用ロボタクシーの100万台展開です。これは実は非常に高い目標です。

 というのは東京のタクシー台数は4万台程度ですし、ニューヨークのタクシー台数は1万3000台程度、香港が1万8000台程度と、世界の主要都市でのタクシー台数というのはそもそも多くないのです。

 つまりロボタクシーを100万台普及させるということは、タクシー業界にイノベーションを起こすことと同義です。

 運転手のいらない安価なロボタクシーが既存のタクシーをすべて絶滅させたうえで、利用料金の安さからわたしたちが今の10倍ぐらい頻繁にロボタクシーを使うような未来を作り出さない限りは100万台の目標が達成できないのです。