夫は成年後見制度を家庭裁判所に申請する手があることを知っていたが、士業が後見人に指定されると、義母が死ぬまで毎月の費用が発生するし、家族が指定されても、煩瑣(はんさ)な手続きが課せられることになり、いずれにしても大変な重荷を背負うことになるのは変わりないため、利用せずにいた。

『しなくていい介護 「引き算」と「手抜き」で乗り切る』『しなくていい介護 「引き算」と「手抜き」で乗り切る』(旦木瑞穂 朝日新書、朝日新聞出版)

 夫は残る7本の印鑑から、最初に押した印鑑と同じくらい年季が入った印鑑を押して、再提出した。しかしまた「書類不備」で戻ってきてしまう。

 悩んだ夫は、直接義母のメインバンクへ行き、身分証明書を提示し、窓口で現状を話して相談した。すると窓口の行員は「息子さんであっても登録印を教えることはできません」と一言。「万策尽きた」と思い、夫は天を仰いだ。

 しかし、行員は続け様に言った。

「払い戻し請求書を使って、お持ちの通帳から千円札を引き出す申請をしてみてください。書類に押印欄があるので、印鑑が正しければ引き出せますよ」

 瞬間、光明が射した。聞けば、この方法を1~2回試して、登録印を確認する人は結構いるのだという。ATMを介さないので、暗証番号を入力する必要もない。

 夫は払い戻し請求書に残りの6本の印鑑を順に押していき、ようやく4本目に正解に辿り着いた。

 こうした夫の経験から、筆者は名古屋で暮らす実母の通帳と印鑑の場所を確認しておいた。

 親が後期高齢者になれば、介護はいつ始まってもおかしくない。備えは早ければ早いほど安心だ。できれば前期高齢者になったら、親の財産や重要書類のありかを聞いておくとともに、「預かり金」や「代理人キャッシュカード」を作っておくことを検討してほしい。