例えば、太平洋戦争で旧日本軍はアリューシャン列島に位置するアッツ島を占拠した。真珠湾攻撃から6カ月後、1942年6月のことだ。米国の領土が外国軍によって占拠されたのは、1812年の米英戦争以来の出来事だった。米軍が躍起になって獲り返そうとしてもおかしくない。
しかし、米軍はアッツ奪還に動かなかった。日本軍は約1年の間、占領し続けることになる。仮に米軍が「領土の喪失は許せない」と目を血走らせて突入していたら、当時はまだ高い戦闘力を維持していた日本軍の返り討ちに遭ったかもしれない。
米軍がアッツ島を放置したままにしていたわけではない。十分に制空権、制海権を確保した後の1943年5月、アッツ奪還に乗り出した。その結果が日本軍の守備隊2300人余りの玉砕だった。それでも米軍側に600人の死者、3300人以上の負傷者・戦病者を出した。これが日本軍の占拠直後の作戦であったら目も当てられない状態になっていたであろう。
つまり、離島奪還の前提には航空優勢、海上優勢の確保が不可欠なのであり、これを無視した離島奪還作戦などありえないということだ。
島嶼奪還を重視するあまり
貴重な戦力を浪費しかねない
そもそも、尖閣諸島が占拠される事態が単独で発生することは考えにくい。日本の離島が攻められる事態は、台湾有事に波及する形で生起する可能性がある。あるいは、尖閣諸島を占拠すれば、次は与那国島、その次は宮古・石垣両島や西表島という事態にもなりかねない。
そうなれば、本格的な中国との戦争である。当然ながら、自衛隊と在日米軍だけで対処できる保証はない。ハワイや米本土から部隊が来援する環境を整えておかなければ、つまり、西太平洋における航空優勢、海上優勢を確保しておかなければ、来援部隊は来られない。こうした中で、島嶼奪還作戦に貴重な戦力を浪費してもいいのだろうか。
ただ、恐いのは世論である。今の日本の雰囲気で、実際に尖閣諸島を獲られたら、1年間も放置しておくことができるだろうか。外国軍に占拠されたのが無人島の尖閣諸島ではなく、与那国島や宮古島などの住民がいる島であれば、国民は早期奪還を政府に求め、その求めに政府は抗することができないのではないだろうか。