意外な落とし穴は「住民票」にあった

 なぜ給付金を受け取れないのか。その理由は、お母様が「税金の扶養」に入っているからでも、社会保険の扶養から外れたからでもありませんでした。「住民票」という意外な落とし穴が、そこにあったのです。

 給付金の支給や、医療費の自己負担上限額を決める「高額療養費制度」などの公的支援は、世帯全体の所得を基準に判定されます。いくらお母様の年金収入が非課税の基準を満たしていても、同じ世帯内に住民税を課税されているTさんがいるため、お母様の世帯全体が「非課税世帯」とは見なされないのです。

 このため、本来であれば非課税世帯として医療費の自己負担上限が月に1万5000円で済むところ、「一般」区分の扱いとなり、上限額が約5万7600円にまで上がってしまいます。その差は月に4万円以上、年間で考えれば50万円近くにもなりうる負担増です。

同居のまま「住民票分離」で得られるメリット

 この状況を打開する方法を知りたいというTさんに、私は「住民票を分離する」という方法をお伝えしました。これは、同居したまま、Tさんとお母様の住民票を別々の世帯として登録することです(別々の生計を立てていることが求められたり、自治体によっては、同居の場合は分離できない場合もあります)。

 住民票を分ければ、お母様は単独の世帯とみなされ、年金収入のみの非課税世帯として、給付金や高額療養費制度の優遇措置を受けられるようになります。入院した場合の食事代も安くなります。非課税世帯が受け取れる給付金なども受給できるでしょう。しかも、税金上の扶養はそのままにできるため、Tさんの節税効果も維持できます。つまり、今の生活スタイルを変えることなく、お母様世帯分の負担を減らし、給付金という収入を得ることが可能になるのです。

 住民票を分離することのデメリットは、行政からの通知がお母様宛に届くため、Tさんが行政手続きの状況を把握しにくくなる可能性があることや、代理で手続きができない場合があることくらいです。しかし、今後、高齢化に伴い医療費の負担が増えていく可能性を考えれば、この手続きによるメリットは非常に大きいと言えるでしょう。

「攻め」の投資と「守り」の制度活用を両輪で

 定年前後から老後生活に入るまでは、親の介護問題やその費用の問題なども抱えがちになります。自分の老後資金で躍起になっている中、親の医療費や介護費で大金が飛ぶのは忍びないものです。その負担を軽減する公的制度の使い方は、知っておいて損はありません。

 子どもの扶養とは異なり、税金面、社会保障面だけではなく、住民票という身近な手続きを見直すことが、高齢者と暮らすときには大きな経済的メリットになります。投資は資産を増やす「攻め」の手法ですが、制度を使いこなす知識は、ムダな出費をなくす「守り」の盾です。どちらも賢く生きる上で欠かせないのです。

高額な医療費を支払ったときは高額療養費で払い戻しが受けられる(全国健康保険協会公式サイトより引用)高額な医療費を支払ったときは高額療養費で払い戻しが受けられる(全国健康保険協会公式サイトより引用)