介護で生産性低下を招かない
企業のリスクマネジメントが急務

――ここまでは主に個人向けビジネスです。投資額を抑えて製品やサービスを開発できる余地があり、中堅・中小企業にとってもビジネスチャンスが広がっているようです。次の3つは、法人向けビジネスです。 

 まず、仕事と介護の両立における課題です。経済産業省の調査によれば、30年には家族介護者の約4割、約318万人が、働きながら家族の介護を行うようになるとしています。両立が困難で仕事を辞めざるを得ない問題も深刻です。この介護離職は、年間10万人も発生しています。

 さらに、同省の調査では、仕事をしながら介護を行う人の生産性は平均27.5%低下することが示されています。

 こうした問題への対処は企業の義務として捉えられ、育児・介護休業法が改正されました。大企業を中心に、対策を推進する企業は増えてきています。経済産業省のウェブサイトには「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」が示され、先進企業の参考資料集が掲載されています。

 ただし、多くの企業では、仕事と介護の両立に関する知識やノウハウが十分にありません。産業医や保健師はいても、介護について相談できる部署や人材は少ないのが実情です。そこで、そうした対応をアウトソーシングで受けるビジネスが出てきています。

 例えば、組織変革事業やビジネスケアラー支援事業などを展開するチェンジウェーブグループでは、契約企業に対して、仕事と介護の両立を実現するプログラムを提供しています。具体的には、顧客企業の従業員にセルフチェックを行ってもらい、社員や組織の介護リスクと現状を可視化する「実態把握支援」を提供しています。また、従業員個々の状態に合わせたリテラシー向上のための「プッシュ型情報提供」も行っています。介護保険制度などの情報、仕事と介護を両立させる実践的なスキルなどを提供し、突然の介護にも対応できるようにしておくのです。

 介護は突然発生することも少なくないので、仕事で優秀な人の生産性が急激に落ちることも多々あります。そこは、まさに企業のリスクマネジメントが問われるところです。

――7つ目は、介護現場支援、特にテクノロジーの活用ですね。

 介護人材の不足は深刻です。団塊ジュニア世代が高齢者となる40年度には、全国で介護職員が272万人必要となる見込みです。現状と比較すると、約57万人の職員が不足すると推計されます。

 にもかかわらず、23年度の介護人材は、介護保険制度が始まり調査を開始した2000年度以来初めて減少に転じました。待遇が十分でないという面が大きいのです。

 日本全体で賃金が上昇傾向にある中、介護報酬は据え置きの傾向にあります。介護職員の待遇改善は十分でなく、人材不足感は高まっています。

 その課題を埋める方法として、テクノロジーの活用があります。見守りのシステムだったり、バックヤードを効率化するICTのソリューションだったり、です。

 例えば、365日・24時間入居の老人ホームでは、ベッド下に敷くセンサーなどで安否を見守ることが増えてます。安否状況はスタッフルームや職員が携帯するスマートフォンなどで一覧できるようになっていて、異常があったらカメラをオンにして見て、問題があったら実際に居室まで行って状況を確認する仕組みになっています。夜は職員一人で20〜30人を見守ることもありますが、定期的にオムツ交換をしなければいけない入居者もいて、それをやりながらの見守りなので、夜勤職員の負担は大きいのです。

 かつては、センサーが異常を告げたら、即座にそのベッドに飛んで行って対応しなければいけなくて、心理的・肉体的ストレスは半端なく大きかった。それが近年、職員が携帯するスマホなどで担当する入居者の様子を一覧で確認できるシステムが導入されるようになり、かなり改善されたと聞きます。

――介護ビジネスのDX(デジタルトランスフォーメーション)ですね。 

 かつては介護は入居者を抱きかかえるなどの肉体労働の負荷を軽減するものとして、パワードスーツなどのハードウエアが注目されましたが、予想されたほど普及していません。結果的にはソフトウエアの進歩が現場の役に立っているのです。

 ケアマネジャーのケアプラン作成をAIで支援するソリューションも、すでに実用化されています。これまではケアマネジャーが要介護の方の状態を聞き取り、それを基に考えてケアプランを立てていたのが、利用者とケアマネジャーの会話データをAIが解析し、それに基づいて推奨ケアプランを立てるようなツールも出てきています。

――ケアマネジャーも高齢化して、人手不足といわれています。

 老人ホームの職員のシフト調整も大変な作業です。主任がしばしば夜間勤務中に時間をかけて行っていたりします。職員それぞれの個別事情や、ベテランと新人の組み合わせなどを、頭をひねらせながらやっています。そうした業務は、AIを活用すると瞬時にできます。ここはDXがさらに進むと思われます。

――8つ目は「介護予防支援」です。

 健康寿命を延ばし、平均寿命との差を少しでも埋めるには、予防が大切です。「フレイル」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。健康な状態と要介護状態の中間に位置し、身体機能や認知機能の低下が見られる状態を指します。

 フレイルにあっても、適切な対応を行えば、健康な状態に戻ることができます。適切な対応とは、「栄養摂取」「運動」「社会参加」を持続的に維持することです。この点において今、官民の連携が進んでいます。

 従来は全国一律の基準で提供されていた要支援1や要支援2の人向けの介護予防サービスと、65歳以上のすべての高齢者を対象とする予防サービスを統合した「介護予防・日常生活支援総合事業」が、その中核になります。15年度制度改正で実施が決まり、17年4月までに全市町村が段階的にこの事業を担うように移行しました。

 この事業では、国から一定の枠組みは示されているものの、必要な予防サービスの種類や基準、報酬水準について、市町村に裁量が与えられています。

 ただし、必ずしも全ての自治体にその企画力や実行力があるわけではないので、理想通りの活動はできていないようです。

 そこに民間企業が培ったノウハウを生かして、イノベーティブな提案をして、実効性のある活動を協働していくチャンスがあります。

 例えば、午前中は公的介護保険の適用範囲の中での運動などを行い、午後からは自費による民間企業の買い物支援や外出支援を行うといった具合です。また、買い物自体を介護予防やリハビリに活用する例もあります。普通に買い物をするだけで相当な距離を歩行することになりますし、見守り付きの買い物ツアーなので家族も安心です。

 高齢者も楽しんで続けることができるという点も重要なポイントです。その他、ICTを活用した運動プログラムなど、民間企業ならではの企画が広がる余地は多い領域です。