実はそれ以前にも1967(昭和42)年および1968(昭和43)年の年末年始、深夜0時から朝6時にかかる時間帯に臨時「ひかり」が運転されたことがあった。下りは東京21時30分発で新大阪は0時40分着、上りは新大阪5時00分発で東京は8時15分着となっていた。

 それ以外の深夜帯新幹線運転とすれば、この万博輸送のほか、2002(平成14)年に日本で開催されたFIFAワールドカップの際、新潟で行われた試合後の観客輸送として上越新幹線で深夜に上り臨時「あさひ」が運転されたぐらいだろうか。もっとも台風などの影響で遅延し、やむなく深夜帯の運行となったケースは何度か発生している。

 大阪万博の時代、東海道本線を走る夜行列車は寝台特急・寝台急行を中心に10数本運行されており、万博観覧後に首都圏に帰る際にはこうした列車の利用もできた。多くは臨時「ひかり326号」のさらに後の出発となり、ここでも混雑が目立ってきた。

「エキスポこだま」大阪22時58分発で三島止まりがミソ

 そこで国鉄では在来線に上りの臨時夜行急行列車「エキスポこだま」を設定した。大阪22時58分発で三島止まりとしているのがミソだ。三島には6時53分着で、ここで7時05分発の臨時「こだま492号」に乗り継げ、東京8時10分着とした。この「こだま492号」も合わせて「エキスポこだま」なのである。

 朝の東海道本線東京口は通勤ラッシュで在来線に臨時列車の入る余地はない。これをうまく回避して、夜行列車としては最適の設定ができたのである。ただし、大阪側の時刻設定は疑問が残る。大阪駅を出発したのち、新大阪駅には停まるものの次は京都駅まで通過する。肝心の茨木駅には停まらなかったのだ。時刻を推測すると茨木駅は23時13分ごろとなる。閉門まで粘ってシャトルバスに乗れば、十分間に合いそうなものだった。