「過去についての記憶」と「未来についての記憶」

 一般に、記憶というと過去の出来事を覚えている心の機能というようなイメージでとらえられている。だが、しなければいないことをタイミングよく思い出したり、今後の予定をしっかり頭に入れたりするのも、一種の記憶機能である。

 そこで、記憶を過去についての記憶と未来についての記憶に区別して考える必要がある。

 過去の出来事や過去に覚えた知識などについての記憶を回想記憶というが、これが一般に記憶としてイメージされる心の機能だろう。

 このような意味での記憶が良ければ、過去の出来事をよく覚えているし、頭に入れた知識をしっかり覚えているため試験で良い成績を取ることができる。また、同窓会などで昔のエピソードをよく覚えている人がいると、「そういえば、そういうことがあったな」と他の人も思い出したりして、場が盛り上がる。

 一方、未来のある時点にしなければならないことについての記憶を、展望記憶という。

 朝食後に薬を飲むこと。お湯を沸かした後はガスの元栓を締めること。必要なものをもって出かけること。駅に行く途中にある郵便ポストに郵便物を投函すること。職場に着いたらすぐに上司に昨日の取引先との打ち合わせ結果を報告すること。午前中のうちに取引先に電話して、商品の納期について確認をすること。午後3時からの社内会議に出席すること。夕方までに明日の会議のための資料を作成し、参加人数分のコピーを取っておくこと。夜7時に友だちと約束した店に行くこと。

 ある一日の予定として、このようなことがあるとしたら、それぞれの予定を覚えておき、適切なときに思い出す必要がある。それが展望記憶の機能である。

 回想記憶と展望記憶の関連を探った研究によって、回想記憶の能力と展望記憶の能力との間には関連が見られないことがわかっている。つまり、過去のエピソードや知識を記憶し、それを必要に応じて想起する心の機能と、未来のある時点ですべきことを記憶し、それをタイミングよく想起する心の機能は、まったく別物といっていい。

 ゆえに、前回の打ち合わせの際に議論をよく覚えている頼りになる人物が、会議の予定を忘れてすっぽかしたり、必要な書類を忘れたりといったことが起こっても、まったく不思議ではないのだ。

展望記憶のリスクマネジメント

 仕事面で致命的な失敗を犯しやすいのは、何と言っても展望記憶が苦手なタイプである。

 展望記憶が悪いと、社会生活において大いに支障をきたすことになる。仕事面では大事な予定を忘れたり重要な書類を忘れたりといった失態を案じてしまい、周囲を呆れさせたり、関係者を怒らせたりしかねない。プライベートでも、約束をうっかり忘れるなど、人に迷惑をかけることになりかねない。

 先ほどの仕事はできるのに遅刻が多い人物のケースも、回想記憶は優れており、過去の出来事や知識はよく覚えていて、それを仕事に生かして成果を出せているのだが、どうも展望記憶に難があり、会議等への遅刻やすっぽかしが生じてしまう、ということになる。