そういう意味でも、セツがいろいろと補わないといけなかったのだと思います。
もちろん、外国人同士の2人ですから当初、コミュニケーションには苦労しました。英語を解さないセツに八雲は辞書を片手に片言の日本語で伝えようとしましたが、立ち往生することもたびたびでした。
「this(近き物)」「that(遠き物)」という具合に、セツも耳に残る一言一言を書き記す単語帳を手作りし、努力を重ねたこともあるのですが、結局うまくいきませんでした。
だんだんと日本語の単語や慣用句を覚えた八雲は、妙案に辿り着きます。
助詞(てにをは)を抜き、動詞や形容詞の活用もなし、語順は英語式という独特な言葉で意思の疎通を図るようになります。
これは、「ヘルン言葉」(編集部注/八雲が使っていた独自の日本語。英語教師として島根県尋常中学校に赴任した際の名義「ラフカヂオ・ヘルン」に由来)と言われています。例えば「何ぼ喜ぶ、言う、難しい」というように、英語を直訳した言葉を並べ、セツも同じような調子で語り合います。
2025(令和7)年秋から放映されるNHK朝ドラ「ばけばけ」のヒロインは「松野トキ」といいます。
この名は実は、八雲が世を去る前、最後の夏を静岡・焼津で過ごした時に由来します。我が子にアイスクリームを買ってあげようと新橋駅で思ったのだけど、時間がなかったことを伝えたのは、こんな表現になります。
「スタシオン ニ タクサン マツ ノ トキ アリマシタ ナイ」
応じるセツも同じような口調や筆致でこたえます。
それでも、いつしか複雑な法律問題なども分かり合えるようになりました。「ヘルン言葉」は実生活上も、「リテラリー・アシスタント」としても、欠かせないツールになってゆきます。
ランプから黒煙が出ても書く八雲と
語り部として支えたセツの絆
いつでも書き物にいそしみたい八雲は、きれい好きなセツからすると、ちょっと困った人でもありました。







