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米トランプ政権の発足で世界経済は激変し、予測は混迷を深めている。ダイヤモンド・オンラインの連載『黒田東彦の世界と経済の読み解き方』では、いずれも財務官を務めた前日本銀行総裁の黒田東彦氏と前国際通貨研究所理事長の渡辺博史氏の対談の詳報を複数回にわたってお届けする。対談詳報の初回は、トランプ関税で進む世界の分断と、基軸通貨ドルの「弱体化」について2人の見解を聞いた。(聞き手/ダイヤモンド編集部副編集長 大矢博之)
トランプ関税ショックで進んだ世界経済分断
注目はクリスマス商戦のインフレ進行
――2025年は米国のトランプ政権に世界が振り回されました。
黒田東彦 トランプ関税ショックで世界経済の分断がさらに進みました。ウクライナ戦争の段階で、ロシア経済と欧州経済の分断が生じていましたが、トランプ関税以降はG7(先進7カ国)諸国と中国・ロシアが完全に分断され、事態が深刻化しています。これが今後の世界経済の成長率に大きな影響を与える可能性があるでしょう。
トランプ関税ショックは、米国経済がさらなるインフレとなって消費が落ち込み、経済成長率が低下していく懸念が一番大きい。ただ、足元でそういう事態になっていないのは、世界経済の分断化の影響は中長期的に出るものだからです。
渡辺博史 トランプ関税によるインフレの影響が、今のところは想定通りには出ておらず、「非常に謎だ」という声があります。一つの理由は、関税が課されたのは4月以降ですが、実際に米国で9月ごろまで販売されている商品は、関税発動前に輸入されたものを含むからです。また、日本の大手自動車メーカーは、円安になった際に価格調整をせずに懐に入れていた利益を今は吐き出して現地の販売価格を維持しています。数字で見れば企業の利益は下がるものの、それ以前と比べれば、それほど損しているわけではありません。
ただ、注目はクリスマス商戦です。クリスマスで販売される玩具などは、大手ではなく中小企業が作っているため価格調整できるほどの体力がありません。24年にクリスマスプレゼントとして売れた商品の85%は中国製で、10%弱が任天堂だという話があるのですが、この85%を作っている企業は関税分を価格転嫁し、じわりと販売価格が上がっていく。だから11、12月のインフレ率は上昇するかもしれないという見方があります。
黒田 米国は自動車や自動車部品などを日本や中国などから大量に輸入しています。これらについては、輸出企業側が当初は関税分を自ら負担し、輸出価格を下げていました。しかし様子を見ながら徐々に関税分を輸出価格に乗せるようになっていて、米国の輸入価格も上がってきています。
とはいえ、輸入価格が転々と流通していく過程で、最終的な消費者物価の上昇まで到達するのはまだ時間がかかります。これだけ高率の関税をかけたのにすぐに物価が上がらないのは、関税負担を数段階にわたって輸出企業などが吸収しているからでしょう。当初は、「あんな高率の関税をかけたら米国のインフレが激化して消費が落ち込み、成長率も下がる」と皆が予想していたのですが、予想よりも相当遅れているわけですね。
トランプ大統領は、「ほら見ろ物価は上がらない、関税は輸出側が負担しているじゃないか」といった趣旨の発言をしていますが、そうした状況は次第に剥げ落ちてきていて、26年には関税分がフルに価格転嫁され、消費者物価が上がり、消費は落ち込むでしょう。一方で米国は巨額の所得税減税を実施しようとしています。消費の落ち込みを防ぐという側面もありますから。
渡辺 関税の価格転嫁が本格化すれば、インフレと消費の落ち込みは簡単に進行するでしょう。すでに若干兆候が出ているからか、先日、関税による収入増を、高所得者以外の国民1人当たり2000ドル配布する案をトランプ氏が示しました。やはり、中低所得層に不満が出てきているのでしょう。
もう1点、関税の影響が米経済にそれほど出ていないのは、実はドルが強いからです。実質的な輸入物価はそこまで上がっていないのです。日本は逆の事態で、輸入物価が上がっているのですが。この点を踏まえると、トランプ氏が米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長に、「金利を下げろ、下げろ」と言っていますが、金利を下げてドルが下落すれば、物価上昇率が上がるリスクがあります。トランプ氏がなぜパウエル氏をいじめているのかはよく分からず、結果的にまずい状況に陥る可能性があると思うのですが。







