「最もなりたくない病気」アルツハイマー病、原因究明と治療をめぐる知られざる動きとは「最もなりたくない病気」アルツハイマー病を取り巻く現状と、ここにきて注目され始めた新たな治療とは(写真はイメージです) Photo:PIXTA

アルツハイマー病の発症要因を
めぐる新しい考え方

「科学は間違いを犯す」――画期的な発見をした科学者はしばしばそう語る。科学は「誤りの訂正」を繰り返すことで発展してきたのだと。科学の一翼を担う医学も例外ではない。たとえばビタミンB1の欠乏により、心不全と末梢神経障害をきたす疾患「脚気」は、「脚気菌」による細菌感染症と信じられていた時代があった。

「傷口の消毒」も様変わりしている。昔は転んでケガしたら、まずは「消毒薬で消毒する」のがお約束だったが、今は水道水などで傷口をよく洗い、清潔なタオルなどで拭いた後、ハイドロコロイド絆創膏で傷口を保護し、乾かさず、かさぶたをつくらずに治す。消毒は、傷口に残った正常な細胞まで壊してしまい、傷の治りが悪くなるからしないのというのが新しい常識となった。

 そして昨今、新たに認識が変わるかもしれないのが、「アミロイドβ仮説」だ。「脳に蓄積したアミロイドβが原因となり、最終的にアルツハイマー病(認知症の7割を占める)が発症する」という仮説で、これまで最有力視されてきた。2023年以降、アミロイドβを減少させることで症状の悪化を抑える抗アミロイド抗体医薬も相次いで発売されている。

 ところが、2024年6月24日、アミロイドβ仮説を証明したと考えられてきた『Nature』誌の論文が撤回されてしまった。「根拠とされたデータに検討の余地がある」と判明したからだ。

 この論文は「アミロイドβのある形(Aβ*56)が記憶障害の直接の原因になる」とした内容で、当時“アルツハイマー研究の決定打”と受け止められ、以後、多くの研究や新薬開発はこの発見を前提に進められてきた。そのため、撤回によって「アミロイドβ仮説」全体がすぐに否定されるわけではないものの、この論文を基盤にした議論や研究の一部は見直しを求められる可能性がある。

 そうなると心配になるのが、アミロイドβ仮説を根拠に開発された抗体医薬の効き目だ。抗加齢医学に詳しい大友博之氏(渋谷セントラルクリニック)は次のように解説する。

「2023年以降、レカネマブやドナネマブといった抗アミロイドβ抗体薬が承認され、臨床試験では認知機能の低下を18カ月で約30%抑えると報告されています。ただし、その効果は『進行を数カ月遅らせる』程度にとどまり、ARIA(脳浮腫や出血)などの副作用リスクもあります。さらに、同じタイプの薬アデュカヌマブ(Aduhelm)は効果への疑念から2024年に販売撤退しており、『ブレークスルー』と呼ぶにはまだ道半ばと言えます。」