なぜ美味しいかの問いに
「わからん」と答える牧場主

「なぜ、この牛乳はこんなにも美味しいのか?」

 その問いを胸に、私は北海道の函館の広大な牧場へと向かった。そこで出会ったのは、一見、どこにでもいるような、しかし、どこか誇り高い牛たちと、朴訥な牧場主だった。

 私はその牧場主に「どうしてここの牛乳はこんなに美味しいんですか?」と尋ねた。返ってきた答えは、なんと「わからん」。拍子抜けしたが、それは本音だった。続けて「俺は味覚音痴だからなあ」と笑って言うその人は、タバコをふかしながら寿司をつまむような人だった。

 どうやら、本当に自分では理由がわかっていなかったようだ。

 しかし、私はそこで引き下がるわけにはいかなかった。仮にその牛乳を取り扱うことができたとしても、商品のキャッチコピーを作れないからだ。「なんだかわからないけどとにかく美味しい!」などというコピーで売り出しても、誰も買ってくれるはずがない。

 売る側が商品の特徴を把握していないと、きちんと魅力を伝えられない。よって私は、執念深く聞き続けた。牛乳ができるまでの工程、牛の飼い方、育て方――。すると、少しずつ答えが見えてきた。

自然発生的に
需要が生まれた商品

 この牧場主の家は、北海道の中でもかなり田舎のエリアにあって、もともとは自給自足のために乳牛を飼っていた。

 それで、ある時、自分たちで飲むために搾った牛乳が余ってしまったので、捨てるのはもったいないと思って近所の人たちに配った。すると「こんなに美味しい牛乳があるなんて!」と驚かれて、「お金を出すから売ってほしい」と言われたことがきっかけで、販売を始めたという。

 つまり、自然発生的に需要が生まれた商品だったのだ。だから本当に、その牧場主は美味しさの理由が自分ではわかっていなかったのだ。

「牛乳が美味しいということは牛の育て方や管理の仕方、搾乳の仕方に違いがあると思うんですけど、御社はどんな工夫をしているのですか?」と聞いても「他と変わらんと思うよ」と返された。