これにもう1段落加えれば、ほぼ200字。「起承転結」の形にもできます。
私は文章の基本単位を200字だと考えています。文章を書くのが苦手だという人も、ぜひこのことを覚えてください。200字を1つのまとまりとすることで、長い文章も怖くなくなります。
200字は、50字のまとまり4つからなります。
まず十数文字の文を3つほど書いて50字のかたまりをつくる。その50字を4つ書く。そうすれば200字です。書き慣れない人にも、やさしく思えるでしょう。
400字を書くなら、50字を100字に増やせばいい。それで原稿用紙1枚できあがりです。長いものを書くときには、それをどんどん続けていけばいいのです。
たった100字で
小説を書いている作家も
200字の半分、100字で小説を書いている作家がいます。北野勇作さんといい、X(旧ツイッター)で「ほぼ百字小説」を連載していて、本にもまとめています。
ショートショートと呼ばれる短い小説の分野があります。北野さんの作品はショートショートよりもさらに短い部類でしょう。こんなものです。
不法投棄され
ブロック塀に立てかけられたままの黒板に
チョークで折れ線グラフが描かれていて、
これが度々更新されるのだ。
X軸は日付だが、
Y軸は何なのかわからない。
とにかく明日、
何かが急角度で落下するようだ。
(『じわじわ気になるほぼ100字の小説』キノブックス)
ブロック塀に立てかけられたままの黒板に
チョークで折れ線グラフが描かれていて、
これが度々更新されるのだ。
X軸は日付だが、
Y軸は何なのかわからない。
とにかく明日、
何かが急角度で落下するようだ。
(『じわじわ気になるほぼ100字の小説』キノブックス)
ぴったり100文字です。結末をどう想像するかは読者に任されているようです。これでも1つの作品になっています。
これを書き出しにして、別の物語を展開していくこともできそうです。100字には、そんな力があります。
内田百閒は夏目漱石の門下生の1人で、独特のユーモアあふれる随筆を書いた人です。
特に「阿房列車」シリーズは、元祖乗り鉄だった百閒が、「乗りたいから乗る」「行きたいから行く」だけの旅を描いた著作です。その最初の作品「特別阿房列車」の冒頭を。
 阿房と云うのは、人の思わくに調子を合わせてそう云うだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはいない。用事がなければどこへも行ってはいけないと云うわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗って大阪へ行って来ようと思う。
用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない。汽車の中では一等が一番いい。私は五十になった時分から、これからは一等でなければ乗らないときめた。
(『第一阿房列車』新潮文庫)
    用事がないのに出かけるのだから、三等や二等には乗りたくない。汽車の中では一等が一番いい。私は五十になった時分から、これからは一等でなければ乗らないときめた。
(『第一阿房列車』新潮文庫)







