逃げ惑う人たちを追いかけて
パトロールの詰所の中に侵入
次々とクマに人が襲われている間、周囲にいた観光客の間からは怒号と悲鳴が上がり、駐車場に停められていたバスやタクシーはクラクションを鳴らし続けた。そのなかのひとり、現地のパトロール員が軽トラックをクマに接近させ、クラクションを鳴らして威嚇した。
これに逆上したクマは、今度は軽トラックに立ち向かっていき、爪や牙で攻撃しようとした。この隙にほかの車が負傷者をピックアップし、バスターミナル内にある救護室に運び込んだ。いちばん重傷だった石井も、周囲にいた人たちによって救助されていた。
トラックと格闘していたクマは、さすがに分が悪いと感じたのだろう、逃げ惑う人たちを追いかけるような形で、最初に石井を襲ったあたりまで引き返し、当時その場所にあった岐阜県の乗鞍環境パトロールの詰所の中に侵入した。
しかし、詰所の中には先にパトロール員が逃げ込んでいた。そこへクマが飛び込んできたので、パトロール員は慌てて窓を開けて外に飛び下りたのだが、そのときに足を骨折してしまった。
羽根田治『人を襲うクマ』(山と溪谷社)より転載 拡大画像表示
建物のシャッターを閉めるのが
間に合わずクマが飛び込んできた
クマが詰所の中に入ったのを見て、先のパトロール員は詰所のドアに軽トラックを横付けして中に閉じ込めようとした。だが、クマは窓から外へ飛び出し、逃げる人々を追いかけて駐車場を横切り、3階建てのバスターミナルの建物の正面玄関に突進してきた。
そのバスターミナルの中には、従業員の誘導に従って大勢の観光客や登山者らが避難しており、正面玄関入口には長椅子を並べたバリケードが築かれていた。こちらに向かってくるクマを見て、従業員が正面玄関のシャッターを閉めようとしたが、間一髪間に合わず、膝ぐらいの高さまで下がったところでクマが飛び込んできてバリケードを突破した。
事故翌日の20日付の『信濃毎日新聞』には、ターミナル内にいて左耳をクマに噛み付かれたバスの女性運転手の生々しい証言が掲載されている。
〈外でしきりに車のクラクションが鳴っているので、何かしらと思った。しばらくすると突然何人かがどっとターミナルに駆け込んできて、後を追い掛けるように熊が飛び込んできた〉
〈逃げ惑うお客さんに出口を示すとみんな飛び出していって、私が出る前に出口が閉まった。出口を背にする私に熊が迫ってきて引きずり倒された。ターミナル内に残っていた人が熊に応戦してくれたが、やられてしまった〉







