たとえば、感動や悲しみはじわじわと心に広がっていきますが、恐怖は違います。

 瞬間的に身体を動かす感情であり、判断や意識よりも先に、心拍や筋肉、視線などが反応します。

 なぜなら恐怖の対象は、生死に直結するからです。

 悲しみによって命を落とすことは少ないですが、恐怖の元となるものは、直接的に命を脅かします。だからこそわたしたちの身体は、恐怖に対して即応できるようになっているのです。

 実際、わたしたちの脳は恐怖に関する情報に、ものすごく敏感に反応します。

 たとえばいろいろな表情の顔写真をずらっと並べて、「この中で、楽しそうな顔を探して、見つけたらボタンを押してください」と伝え、特定の表情を探す実験をしてみました。

「楽しい」のほかにも、「悲しい」「嬉しい」「無感情」などさまざまな表情を探してもらったのですが、最もボタンを押す速度が速かったのは、「怯えている顔を見つけたら、ボタンを押してください」と頼んだときでした。

 つまり、顔の中でも「恐怖」の表情の検出がすごく速かったのです。

恐怖を意識する前に
脳は恐怖に反応している

 さらに、2014年に認知脳科学系のトップジャーナルの1つである『ニューロン』という学術誌にこんな論文が載りました。

 脳に直接電極を設置して、被験者の前に「恐怖顔」の写真が出た瞬間から、扁桃体が活動するまで何秒かかるかを調べました。

 すると約70ミリ秒で、扁桃体の活動が生じたというのです。1秒は1000ミリ秒なので、0.07秒で活動が生じたことになります。

 つまり、驚くほど速い。

 通常、表情を見たときの脳波の反応は約170ミリ秒後に出ると言われています。しかし、怖がっている顔はほかの表情より100ミリ秒も早く扁桃体が活動する。

 ここまで速いと、意識が追いつく前に反応が始まっているということになります。こんなに速い反応は恐怖でしか見られなかったそうです。