
「どうかどうかわたしを社長に」
錦織は下心があるからか、下手に出ている。
「案外 悪くない町だな」と町を見回す。自分もかつて貧乏で、それがいやだったと思うが、ここはトキの機嫌をとろうとしているようだ。
トキに女中を断られたが、ほかになり手がみつからず、再度お願いに来たのだ。
でもトキは心変わりはしない。「できません」ときっぱり。家族が好きなので、家族のために断ると言う。
洋妾に身を落としたら、松野家の沽券(こけん)に関わるからだろう。
家の品位を落としてしまったのは、雨清水家だ。タエだけでなく、三之丞(板垣李光人)もまた……。
司之介(岡部たかし)の働いている牛乳店・松牛舎に三之丞が訪ね来る。
「こちらで働かせていただけないかと思いまして」
食い詰めて、働く気になったのだなと思って見ていると、ちょっと様子が違う。
社長(滝本圭)は「人手不足で雇えないこともない」と好意的で「何ができるか」と聞く。
三之丞は「人を使うことです」と答える。織物工場で社長をやっていたと根拠を付け加えた。このへんからあやしい空気がたちこめてくる。父の代理を仰せつかったものの何もできてなかったのに、そんなはったりを言うとは。
社長に「うちでも社長をお望みということでしょうか」と確認されて、三之丞は「社長となるにふさわしい格を備えております」と言い出す。
完全に雲行きがあやしい。盗み聞きしている司之介はぼうぜん。
それでも社長は下手に出ている。
「いま社長をやっている私はどけすれば?」
「それはおいおい考えましょう」
「おいおい……そげですか」
このやりとりしびれる。
「どうかどうかわたしを社長に」
ついに店主は切れる。「おひきとりください」ここまでは丁寧。
「帰れ」「だらくそが」いままで下手に出ていたからっていい気になりやがって的な勢いで容赦ない。それでも三之丞は「社長にしてください」「お願いしますお願いします」とすがりつく。
元武士の家系と商人との噛み合わなさを滑稽で哀しく描き出した秀逸な場面だ。
タエは物乞いしても頭を下げることを知らず、三之丞は下働きからはじめることを知らない。そこまで武士はかけ離れた価値観で生きていたのだ。
ようやく会話劇の面白い朝ドラが誕生したことを喜びたい。







