シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

【2026年の国際情勢】東アジアの地政学リスクはどうなる?Photo: Adobe Stock

国家間の紛争が長期化する理由は
「ナラティブ(物語)」にあり

 国家間の紛争が偶発的な小競り合いで終わらず、長期化し甚大化する理由は、「ナラティブ(物語)」にある。国境近くでの小競り合いは、世界のいろいろな場所で起こっているが、小競り合いを超えた国家同士の総力戦は、現代では起こりにくくなっている。

 前述の通り、あらゆる政治体制で現代の戦争のコストは、大きくなっているからだ。

 そういう中で、隣接する国同士で、そもそもお互いが違う「ナラティブ、国の物語」を信じていて、それらの国の間で力の均衡が変化すると、あらたな均衡を見出すための挑戦が起こりやすくなる。

 現在、それが起こっている場所は、
・ウクライナ×ロシア
・イスラエル×ハマス

 である。

 ウクライナ×ロシアの場合は、力が上回っているロシアが挑戦を始めた。

 一方でイスラエル×ハマスでは、劣勢であったハマスが攻撃を仕掛けた。

 それでは、近い将来衝突が起こりそうな場所はどこだろう。それを想定しておくことは、頭のトレーニングとしても非常に重要である。

 日本の中にいても、自分のかかわる事業が完全に日本の中で閉じているわけではない。今日、自らがかかわっている事業は、取引先や投資先の多くが、多様な国にサプライチェーンを分散させていることが多い。

 つまり、世界のどこかで起こる紛争は、必ずそのサプライチェーンのどこかに打撃を与える可能性がある。今後、ナラティブが原因で戦争が起きそうな地域は、残念ながらアジア、しかも我々日本の近隣でそれがいくつかあることが予想できる。

 一つは、
・北朝鮮×韓国

 もう一つは、
・中国×台湾
 である。

北朝鮮×韓国

 北朝鮮と韓国との間の緊張感が高まっている。2024年1月25日に米紙ニューヨーク・タイムズは、米政府関係者の話として、「北朝鮮が数か月以内に韓国に対し、重大な軍事行動をとる可能性がある」と報じた。

 2024年1月に金正恩総書記は演説で、韓国を「第1の敵対国」として憲法に明記することを指示したほか、韓国との窓口機関の廃止なども決定した。同年5月末には、北朝鮮は大量の汚物風船を韓国領土へ飛ばした。韓国の脱北者団体が体制批判ビラを飛ばしたことへの報復だという。

 10月11日、北朝鮮外務省は「韓国が2週間にわたり平壌にドローンを夜間侵入させ、我が国を批判するビラを飛ばした。侵犯が再び確認されれば、宣戦布告と見なし即時報復する」と、強く非難した。

 2024年10月15日、韓国軍は、「北朝鮮が南北を隔てる非武装地帯の2か所で、韓国とつながる北朝鮮側の道路を爆破した」と発表した。

 2024年12月3日には、韓国のユン大統領(当時)が非常戒厳を宣布した。その後の混乱は、韓国国会で二度の弾劾訴追案が出され、二度目で遂に可決されることとなった。

 この非常戒厳宣布がもたらした、大統領弾劾訴追可決という韓国の異常な政治的混乱は、2025年に入り、韓国への強硬姿勢を強める北朝鮮に付け入るスキを与えてしまっているのではないかと危惧する。

 幸い、金正恩総書記とコミュニケーションがとれるトランプ大統領の再選で、なんとか最悪の事態は、回避できるかもしれない。

 ただ、韓国の新大統領が、かなりの北朝鮮寄りで反日の人物であることは要注意だ。韓国国会の勢力図も親北朝鮮・反日であることもあり、韓国の重要政府機関に甚大な影響を与える。かなりの安全保障関連の情報が、日米の情報も含めて北朝鮮に筒抜けになる可能性もある。

 ただ、2025年6月に発表されたアメリカによるイランの地下核関連施設への攻撃は、北朝鮮の金正恩氏に衝撃を与えただろう。1994年に当時のクリントン大統領は、ヨンビョンの北朝鮮の核関連施設への攻撃を計画していたが、当時は地中深くまでピンポイントで、精密に何度も攻撃できる兵器を持っていなかった。

 しかし、トランプ現大統領は、地中深くを精密に何度も攻撃できるバンカーバスターを使ってイランの核関連施設を攻撃した。これによりアメリカの技術力と自身の地下核関連施設の脆弱さを思い知ったことだろう。そして何より、クリントン大統領らと違い、トランプ大統領は「何をするかわからない」という印象を与えた。これは北朝鮮への相当な抑止力になったのではないだろうか。

中国×台湾

 前述したように、中国×台湾についても、通常はウクライナ×ロシアのような総力戦になることは考えにくい。確かに習近平氏は、帝王を目指すなら、自身に唯一欠けている戦勝実績を欲しているのは事実だろう。

 ただ、台湾侵攻は、ウクライナ×ロシアのような陸地でつながったエリアではない。中国大陸から離れた島である台湾を攻略して、占領し続けるのは、中国にとって地形的に、リスクもコストも高い。

 そして、習近平氏にとっても、一度始めた戦争は、負けることも引き分けも自身の政治生命の終わりにつながるので、必勝が確実な場合ではないと踏み切れない。世界有数の経済大国である中国や台湾や日本を巻き込む戦争は、アメリカ経済にもかなり深刻な影響を与える。

 アメリカ経済最優先のトランプ大統領は、台湾と中国の衝突は避けなければならない。この衝突が起こりそうな前兆が見られた時点で、アメリカも日本も欧州も積極関与して軍事衝突、そして総力戦だけは全力で避けるだろう。

 それ以外の南米や中央アジアやアフリカなどを見ても、武力衝突や限定戦が始まりそうな場所はいくつかあるが、それが総力戦となるまでの、ナラティブの衝突やエスカレーションが起こりそうな地域は見当たらない。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。