シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

【2026年の国際情勢】来年以降、中国が台湾や日本に攻めてくるか?Photo: Adobe Stock

海を隔てて島国を攻撃し、占領し続けて、
同化するのは不可能に近い

 最悪のシナリオも想定し、警戒は怠ってはいけないが、私は中国による台湾や日本への侵攻はないと思う。その理由は、以下の通りだ。

 ・海を越えて侵攻することのリスクとコストの高さを中国は理解している
 ・習近平氏に野心がないことはないが、失敗したら間違いなく政治的に命取りになる。リスクとコストが高
すぎる
 ・海を越えて台湾や日本は攻め落とすことも難しいが、占領し続けることは不可能に近い
 ・中国の本質は拡張主義ではなく、間接的支配、冊封体制(中国と周辺諸国が君臣関係を結ぶこと)である
 ・台湾や日本に強い影響力を持ち続けるために人を送り、民主主義に介入し、SNS等でかく乱してくる
 ・習近平氏が孤立していて失脚しかねないとの情報もある

 習近平氏が失脚した場合、権力移行が突然起こり、その混乱の中から、ミスカリキュレーション(計算ちがい)が中台の偶発的衝突と、その後のエスカレーション(激化)を引き起こす可能性があるといわれる。

 しかし、中国とアメリカと台湾の間には、幾重にもデコンフリクション(衝突回避)が張り巡らされている

 たとえ偶発的衝突がエスカレートしたとしても、海を隔てて島国を攻撃し、占領し続けて、同化するのはほぼ不可能である。

 その途中で、その軍事的コストも天文学的なものになり、戦争の継続は中国にとって不可能であろう。

海を越えて領土を支配しなかった
中国帝国の叡智

 現代戦のコストは高い。いくら中国が大量の兵器と戦闘員を持っていようが、まず彼らは実戦経験もない。初実戦が、海を越えての戦闘ということに対して、中国のトップの過信を含めても、コストとリスクに見合うリターン確保の自信は、持てないだろう。

 あのモンゴル帝国でさえも、日本侵攻のために派遣されたのは二軍とも三軍ともいわれるが、二度も失敗しているのだ。それは、台風の影響が大きいのかも知れないが、2回とも台風のせいだとは思えない。

 ポルトガルもスペインも大英帝国も、海を越えた領土の維持コストで、やがて豊かさを失い沈んでいった。

 歴史上、海を越えて領土を支配しなかったのは、中国帝国の叡智ともいえる。

 過去の海洋帝国には、植民地の人々に銃を突き付けて、銀を掘らせたり、サトウキビを作らせたりすることはできた。

 しかし、現代の日本や台湾に銃を突き付けて、最高レベルの半導体や精密機械を作らせることはできないだろう。

中国は歴史的に
国内の治安の悪化を恐れる

 中国は、軍事費より国内治安維持費により多くのお金を使っている。

敵は内にあり」なのだ。

 プロパガンダや監視にこれだけ投資し続けるのは、民衆が怖いからだ。過去の歴史を現代の帝王も身に染みてわかっている。

 中国は唐の時代(618~907年)に世界帝国を目指したことがある。また、明の時代(1368~1644年)には、鄭和が大航海時代のスペインやポルトガルの帆船をはるかに上回るスケールの巨大帆船で、アフリカ探検に成功していた。大航海時代のスペインやポルトガルより、船の建造技術も航海技術もはるかに先を行っていた。

 しかし、彼らはアフリカや南米を占領することはなかった。海外領土の支配より、それを始めてしまうことによる国内の治安の悪化を恐れたからである。

 その中国の周辺支配のやり方は、冊封(さくほう)体制といって、主従関係を周辺国と結ばせて間接支配をすることである。これが中国の対外政策の本質である。中国の本質は、西洋の常識でいう植民地の直接支配による拡張主義的ではない。

 中国経済はアメリカとの貿易戦争と、それに対抗するための経済改革で臥薪嘗胆が続くだろう。それに伴う国内治安維持が大変になる。

 そのうえで、台湾や日本にアタックして、完勝して占領し、そこも治安維持するというのは、あまりにもバーが高すぎる。

 今後、台湾や日本に仕掛けるのも現代版の冊封体制であろう。つまり、日本社会や日本政府に人を送り込み、影響力を発揮しようとする。日本としては、現実的にはこういう点に注意するべきだ。

 アメリカ軍人たちは、東アジアの歴史や権力構造を十分学んでいるかどうか疑わしい。彼らの分析を鵜呑みにしてはいけない。

 日本の外交でやるべきは、中国の歴史と統治構造と外交政策に基づいて、中国の今後の外交安全保障政策を冷静に精査することである。

 極端な親中も危ういが、「中国の攻撃を恐れよ」という勢力にも与せず、中国のやり方として、現代版の冊封体制に対する警戒から始めるのがいい。

 外交という国を代表する場では、いたずらに相手を恐れたり、持ち上げたりせずに、冷静に相手の立場になってみて、相手を知ることから始めるのがセオリーである。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。