ウクライナ政府は地道にサイバーセキュリティ対策を高めた

松原 クリミア併合時、通信がすぐに使えなくなり、軍も戦えなくなったので、通信の維持が大きな反省点として残りました。また、2015年12月と2016年12月にロシアからのサイバー攻撃を受け、厳寒期に2年連続で停電が発生したのです。

秋山 サイバー攻撃で停電が起きるのですか。

松原 2015年の停電は、サイバー攻撃で停電を引き起こせることが証明された世界初の事例です。しかも首都キーウで起きた。サイバー攻撃で単に情報が盗まれるだけでなく、重要インフラのサービスが止められ、国民の命と健康に危害が及びかねない事態に接し、ウクライナは大きな危機感を持ちました。

 2022年2月の軍事侵攻前、ウクライナは、ロシアによるサイバー攻撃の手口に関するデータベースを作り、知見を蓄積していきました。さらに、敵側の視点に立って実際にサイバー攻撃を仕掛け、防御に穴がないかを調べるサイバーセキュリティの専門家チーム「レッドチーム」を政府が作り、最後の最後まで防御体制を高めていったのです。

 サイバーセキュリティ能力を地道に高めていけば、有事においても報われるという教訓を示しています。

秋山 ちなみに、日本の場合、インフラ企業というとどの範囲を指すのでしょうか。

松原 サイバーセキュリティ戦略本部が出した「重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画」では、重要インフラ分野として指定されているのは、情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油、港湾の15分野です。

 これは、経済安全保障推進法で指定されている基幹インフラ15業種とかなり重複しています。基幹インフラは、電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、港湾運送、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードです。

日本の戦争イメージは第二次世界大戦で止まっている

秋山 台湾有事がしばしば話題にのぼっていますが、私などは、国民が、戦争に巻き込まれる状況を想像しようにも、せいぜいテレビで見たことのある第二次世界大戦の映像が浮かぶくらいで、防空頭巾を被るといったレベルで止まっています。

 本当に戦争が起きたら、生活がどうなるのか全く想像できませんよね。能登や東日本大震災のような災害が、継続的にあちこちで起こるような感じをイメージすると戦時に近いのでしょうか。

松原 自然災害と戦争の決定的な違いはいくつかあります。例えば、局地的であるかどうか、相手が意図を持って殺傷してくるかどうかなどが挙げられるでしょう。大震災であっても、余震はあるものの、期間はある程度限定されることが多いです。

 対照的に、戦争は長期化し、政治的な思惑もあって、いつ終結するかわかりません。

秋山 災害は、被害が起きても、それが永遠に繰り返されるわけではないけれど、戦争はそれが続くということですね。

松原 日本人は幸いにもこの80年間、安全保障体制や自衛隊のおかげで、日本の国土の中で戦争・紛争を経験したことがありません。今後、有事に備えるために日本人が学べる教訓は、直近のウクライナの事例なのです。