「保、ここで飯にするか。ヤマドリも20羽くらいはあるべよ。飯がすんだら、この沢を下って、あとはどこにも寄らずに帰ることにするぞ」
と父が言った。
「はい」
と返事をして、私はヤマドリの入った袋をその場におろし、腰に下げていたお握りの包みを開いた。乾いた寝木に腰かけて昼食をとり、それから、二等分したヤマドリを各々の袋に入れていると、沢の下の方で激しく吠える犬の声がした。
なにか獲物を見つけた犬たちが、その取り合いでもしているのかと思ったが、すぐ、それが違うことに気づいた。
熊が穴から出たかもしれない
鉄砲に実弾を込めろ
もしかしてヤマウサギなどを捕ったとしても、一番先に口をつけるのはノンコで、次は四郎、チョコと決まっており、一番若いアンコは余ったところを片づける、という序列なのだから、獲物を中にしてあの犬たちが争いをするはずはない。
「保よ、ひょっとすると、熊が穴から出たかもしれないぞ。早く袋を背負って鉄砲に実弾を込めろ」
そう言うが早いか、父は即座に支度をととのえて歩きだした。私も言われた通りに支度して父の後を追った。
沢を下るにつれて雪は深くなり、しかもそれまで固雪であったものが解け始めたため、時おりズボリと泥濘ってしまい、たっぷりと水気を含んだ雪でコール天の乗馬ズボンが膝までずぶ濡れになってしまった。
その雪の表面に、すでに残雪の失せた右側の斜面から下ってきた熊の足跡が点々と付いていた。熊は、固さを留めていた雪の上を歩いたのであろう、足跡には深く泥濘ったところは見出せなかった。そして雪の表面にはさらに、熊の足跡を辿って走っていった犬の足跡も、幾筋か付いていた。
激しく吠える犬の声は、かしましいほどに聞こえてくるが、現場はもっと下のようだ。足の冷たさを堪えていた2人は、右に進路を変えて雪のない斜面に取り付き、急斜面に足をとられながらも走るようにして沢を下った。
やがて、沢の中から雪が見えなくなり、山裾に、炭木を曳き出すためにつけた径の跡が現われた。







