その足跡を目にしたとき、私は、去年の秋に椎茸採りに行って出会った熊や、松江(編集部注/知人一家の娘)が見たという熊、そしてその後幾度か二号の窯から三号の窯の辺りに姿を見せていた熊のことを思い出し、はっと息を呑んだ。

 それらは別々の熊ではなく、まさにこの大きな足跡を残した1頭の熊に違いない。その直感が確信に近いものとなるにつれ、全身に熱いものが滾り、力がみなぎってくるのを覚えた。

1対1で熊と戦おう
強い決意で山に入る

 掘り返された穴をそのままにして、私はいったん家に戻り、鉈や鋸を用意してそこに引き返し、穴から10メートルほど離れた平地に立つ、やや太目のクチグロの木に登った。その木は、三の枝から上は車枝が四方に張り出していて、少し手を入れただけで恰好の待ち場ができ上がった。

 私はさらに邪魔な下枝や小枝を鉈で払い落とし、弾道の見通しをよくしてから家に帰った。そして日が暮れるのを待った。

 父は昨日の朝から、函館、札幌、小樽、苫小牧などの木炭問屋を回ってくると言って出かけていった。あと3日は、帰ってこないだろう。

 熊は必ず、また亡き骸を喰いにくる。今夜、必ず。撃つとすれば、その機を逸してはならない――。夜の待ち場に上るのは初めてで、言いようのない不安が胸を浸していたが、私は今夜こそ1対1で熊と対決をしようと臍を固めた。

 夕暮れとともに支度をして、外に出た。曇り空の一角に残照が仄見えているが、陽はとうに山陰に沈み、クチグロの木のある山裾には早くも宵闇が迫っていた。

 私は素早く待ち場に上ると、水を入れたビンや握り飯の包みを傍らの枝に吊るし、足場をしっかりと定め、坐る場所を楽にして、すべての準備をととのえた。

 銃は、使い馴れたグリナーの24番ではなく、ウインチェスター401のライフル自動5連銃を持ち込んだ。

 このライフル銃は、重量が6キログラムもあって、ずっしりと重いが、それだけに発射反動は少なく、連射時の銃身のブレもないので、命中率が高い。この自重の重さと、入弾孔の小さいのに比して出弾孔のあまりにも大きいことの2点を除けば、それはきわめて強力な、申し分のない銃であった。