やがて日はとっぷりと暮れ、山際の雑木林に夜のとばりが下りた。見上げる空には星ひとつなく、見下ろす地上は、ほんの10メートル先の穴がまったく見えぬほどに漆黒の闇に覆われた。

熊と出くわすも
背負っていた銃がない!

 山裾に滞る空気が湿りをおびてきた。暗い夜空から今にも一雨きそうな気配が漂っている。“雨が降るようなら、引きあげよう。でも、家が近いから降りだしてからでも遅くはないか”などと思いわずらううち、今度は尻が痛くなってきた。

 待ち場に上ったのは去年の秋以来、2度目であった。覚悟は、むろんできていた。だが周りの見えない夜の待ち場は、昼日中のそれとはまるで違っていた。

 とにかく、体を少しでも動かして音をたてたら、せっかく熊が近よってきても気づかれてしまう。そう思うと、よけい緊張が高まり、ひとりでに体が固くなってしまうのだ。

 時間の経過がひどく鈍く感じられ、やっと夜半も過ぎたと思われる頃から、少し風が出始めた。周りの木の葉がサワサワと揺れ、夜空に厚く垂れこめていた雲が動きだした。

 黒い雲の群れが次々と流れてゆき、時おり雲の切れ間から星のまたたきが見られたが、その明りは地上を照らすまでに至らず、穴の辺りはなおも暗闇に閉ざされていた。

 風が低く鳴って、木の葉がささめいている。耳に入るのは、そんな微かな音だけだ。私はクチグロの幹に背をもたせかけ、穴に近よる熊の足音を聞きわけようと全神経を耳に集中し、目をつぶっていた。

 そうしていつの間にか、辺りが明るくなっていて、私はどこか見たことのない林の中を歩いていた。

 その見馴れぬ林の中は、重苦しい気配に満ち、私は胸を圧迫されるような息苦しさに苛まれていた。“早くこの林から抜け出さなければ”――不安に追われるように歩きつづけた。

 藪を掻き分けて歩いていった。前方に明るいところが見え、そこへ向かって一心に足を運んだ。ふいに、前方の明るみの中から1頭の大きな熊が現れた。熊は、じっとこちらを見ている。私は傍らの立ち木に身をよせ、さっと背中に手を回した。

“ない”背負っていた銃がない。

夢の中で襲い来る熊を前にして
「ウワーッ」と大声で叫んだ

“変だ。確かに持ってきたはずなのに、どうしたことか”私はうろたえてしまった。どうやら、熊は徐々にこちらに近づいてくる。“今きた方へ戻らなければ”と思って逃げようとした。