乗用車やサイクルリキシャで通りが混み合う、首都ニューデリー南部のラジパトナガルマーケット。白物家電や、女性用の民族衣装サリーや寝具などの生活用品を売る店舗の裏手をのぞくと、空調の室外機には「DAIKIN」の文字が躍っていた。空調大手ダイキン工業の製品だ。
付近に住むビベク・クマールさん(25)は2年前、自宅にダイキンの家庭用エアコンを設置した。「運転中の音が静かで、とても快適」。ここでダイキンの代理店を経営するグンジャン・ナルラさん(47)は、「インドでエアコンと言えば、ダイキン。今や市場における基準だ」と話した。
営業戦略を高所得層から
大衆向けに切り替えた理由
同社の直近のシェアは、業務用が約6割、家庭用も約2割。いずれもインドで首位だ。インドの家電市場では、韓国勢が長年にわたり強みを見せてきた。一方、日系は多くが十分に浸透できずにいた。00年に進出したダイキンの転機は10年。高所得層を視野に入れた営業戦略を、大衆向けに切り替えたことだ。
同年に現地子会社トップに招いた、カンワル・ジート・ジャワ氏(65)が、戦略転換を提唱。日本発の技術力を基礎としつつ、比較的安価な製品を市場に投入することで、価格に厳しいインドの消費者を納得させた。12年に家庭用エアコンの現地生産を始めたことも価格低下に貢献した。
同書より転載 拡大画像表示
また、現地での認知度を高めるべく、宣伝にも注力。同国で人気のクリケットで、プロチームの協賛企業となってユニホームに同社のロゴを掲げ、消費者の心をつかんだ。
タタ財閥(編集部注/多岐にわたる事業を展開するインド最大級の財閥)系空調メーカーなどの経営に携わり、地元業界を熟知するジャワ氏の資質を見込んで、ダイキンの「中興の祖」と称される当時の井上礼之・会長兼最高経営責任者が自ら招聘に動いた。







