武力の行使はデモの鎮圧だけでなく
ジャーナリストにまで及んだ

 ラマラで実施されたデモでは、多くの市民がニザールのポスターを掲げ、アッバスのいる議長府に向かい行進した。ところが、その途中で排除を狙う治安部隊やアッバス支持の私服の男たちと衝突する事態に発展し、石を投げ合い殴り合った。木の棒を手にデモ隊を殴る私服の男たち。催涙弾を容赦なく撃つ治安部隊。

 なかでも特徴的だったのは、取材中のジャーナリストが標的になったことだった。筆者も撮影中、一眼レフカメラを私服の男に背後から奪われそうになり慌てて避難した。

「私服の男に動画撮影中のスマートフォンを奪われ、木の棒で何度も叩かれました」。被害に遭った地元ジャーナリスト、ナジラ・ザイトゥーン(35)は腕や脚の大きな青あざを見せながら振り返った。

「スマホを奪って逃げた男を追うと、その男が制服の治安部隊要員にスマホを渡しているのを見ました」と証言、私服の男たちが単なるアッバス支持の市民ではなく、治安部隊と関係している可能性を指摘した。

 ザイトゥーンによると、少なくとも4人の記者が負傷、「とくに女性記者を狙ったようでした」と言う。「女性の場合、暴力を受けたことで家族から危ない仕事は辞めたほうがいいという圧力がかかりやすいんです」

 当時、パレスチナ自治政府が批判的な市民を警戒していたのには理由がある。いったん選挙を実施すると公言しながら撤回し、無期限の延期を発表したからである。

 アッバスは2021年1月、評議会(議会)選挙を5月に、自治政府議長選挙を7月にそれぞれ実施する議長令を発令した。実現すれば、前者は15年ぶり、後者は16年ぶりだった。憲法上の自治政府議長の任期は4年で、すでに2009年に公式には満了を迎えていた。

 アッバスの正当性が問題視されるなか、ジョー・バイデンが米大統領に就任したのに合わせ改革姿勢をアピールした。選挙の実施にはハマスも同意し、パレスチナでは久しぶりの選挙に期待を寄せる市民が増えはじめた。

 しかし、アッバスは最終的に同年4月、選挙の無期限延期を発表した。表向きはイスラエルが占領する東エルサレムで投票ができず選挙の正当性を担保できないためだと主張したが、アッバス率いる政党ファタハの内部で一部勢力が離反したため、敗北の怖れから延期を決めたとみられている。ニザールも評議会選挙に立候補していた。