名物議員レジーナ・イブの決断

 葉劉氏(「葉」は夫の姓で、台湾や香港では既婚女性の一部が自分の本来の名前に夫の姓を被せて正式な名前とする習慣がある)は、ある意味、「起き上がりこぼし」のような名物議員である。

 彼女は元々香港政府の公務員で、主権返還後の1998年に香港政府初の女性保安局長(日本的には公安長官に相当)を務めた。

 一般市民にその存在を印象付けたのが、2002年に彼女が「国家転覆罪」や「国家反逆罪」「反乱扇動罪」などといった、おどろおどろしい言葉が並ぶ公安法案を議会で強行的に可決させようとしたことだった。これが市民の怒りを招き、翌年7月に当時としては最大規模の50万人が反対を叫んで市内をデモした。

 この空前の大型デモが政府内部にも不安と混乱を引き起こし、彼女はその責任を取る形で政府を去った。

 その後、いったん海外留学を経て、香港でシンクタンクを設立。2008年に立法会議員に当選して以降ずっと議員としてキャリアを磨いた。ここ何度かは、直接選挙枠においてトップ当選を続けているほどの「人気」候補でもある。

 彼女が市民の注目を浴びてきたのは、そんな「鉄の女」ぶりだけではなかった。

 2015年に公務員時代の同僚だった林鄭月娥氏が中国当局のバックアップで行政長官に就任すると、「わたしが行政長官になれば、もっとうまくやれる」などと、自身の公務員経験を強調して激しいライバル意識を見せるという表情豊かさも併せ持っていた。

 おかげで行政長官選挙のたびに動向が話題に上るものの結局立候補せずじまいだったが、2012年には政府の行政顧問にあたる行政会議のメンバーに就任。また2022年から、行政会議を構成する非政府系議員としてやはり「初の女性代表」を務めるようになった。

 昨年3月には、保安局長時代に彼女が推進した公安条例が、「香港国家安全維持条例」(「国安条例」)として復活、可決された。国家安全法下で民主派が排除された「愛国者治港」バージョン1下とはいえ、彼女は原案を立案した自身の功績がやっと評価されたと感じたようである。