仕事と介護の両立に向けた課題と政策

――こういう活動を始められて、認知症の人や団体から要望などを聞く機会が増えたかと思います。

平井 現在は、基本的に「これからの開発が楽しみ」「企業との関わりが持ててうれしかった」といった前向きな反応を頂くことが多いです。一方で、プロジェクト当初は、企業が認知症の人と共同作業を行う上で、認知症の人や家族・支援者から「企業が認知症についての基礎的なことを知らないままに参加しているため困惑することがある。最低限の接し方や認知症に対する理解を身に着けてから来てほしい」といったご意見を頂戴することもありました。

 そうしたことを踏まえ、昨年度からはプロジェクト参画企業向けに、日本認知症本人ワーキンググループ、issue+design、100BLGと連携し、事前研修を行っています。

――このプロジェクトに参加しなくても、企業が独自で自主的に、認知症の人とミーティングを行う場合のサポートもありますね。

沼澤 22年度に策定した「当事者参画型開発の手引き」を日本認知症官民協議会のサイト(https://ninchisho-kanmin.or.jp/)に掲載しています。これは、日本認知症官民協議会の認知症イノベーションアライアンスワーキンググループで作成したものです。

 認知症についての基礎知識に始まり、当事者参加型開発とは何か、その方法論、認知症の人とのミーティングの手順や会場設定などまで、かなり詳細に紹介しています。サイトからダウンロードできますので、企業内の勉強会などにも使えるかと思います。

――認知症の人と開発した製品・サービスの販売ルートはどのように考えていますか。

平井 販売ルートの開拓は、このプロジェクト関連の経済を回していく上ではとても重要だと考え、今年度から注力しています。大手流通企業にプロジェクトに参加してもらっていますので、「オレンジイノベーション・プロジェクト」というタグを付けたりして、プロジェクトで生まれた製品であることを分かりやすくアピールして販売拡大につなげてもらうことを検討中です。 

認知症の人との共創が評価されたYKKの「誰でも開け閉めがしやすいファスナー」。オレンジイノベーション・プロジェクトが目指す共生社会経済産業省
商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 課長補佐
平井 篤

――海外では同様の取り組みはあるのでしょうか。

平井 海外事例では、例えばカナダの医療法人Baycrestが経営する医療機関に併設されたCABHI(The Center for Aging+Brain Health Innovation)は、高齢者向けソリューションの開発や商業化を推進するアクセラレーターとなっています。CABHIは、当事者を含めたさまざまな専門家による多面的な開発支援体制を構築しており、認知症の人を含めた高齢者等、開発プロセスにさまざまな関係者を積極的に参加させ、ニーズを探りながら開発を進めています。

――高齢社会の先進国の日本として、こうした製品の開発が先行すれば、輸出なども考えられますか。

平井 海外展開についても検討しています。先ほどお話が出ましたユニバーサルな靴や靴下は国を問わずニーズがあります。現在、プロジェクトの参加企業に海外展開の意思を聞いています。生活文化の違いはハードルにもチャンスにもなります。日本で使い勝手が良い製品が必ずしも、海外でも使えるとは限らないですし、その逆もあり得ます。

――国ごとの文化や慣習の違いを考慮する必要があるのですね。今後のプロジェクトの方向性を教えてください。

平井 大切なのは、企業が当事者参画型開発に参画するメリットを感じるプロジェクトである、ということです。前述したように、持続的な仕組みを構築しなければなりません。そのためには、徐々に経済産業省の関与が少なくなっていき、事業が自走できるようにしていくことが大切です。

――この他、介護課題について経済産業省が注視していること、打ち出す政策について教えてください。

認知症の人との共創が評価されたYKKの「誰でも開け閉めがしやすいファスナー」。オレンジイノベーション・プロジェクトが目指す共生社会経済産業省
商務・サービスグループ ヘルスケア産業課 係長
沼澤 駿斗

沼澤 高齢化の進行に伴い、日本全体で仕事をしながら家族介護を行う人の数が急増しています。その中で、介護との両立がかなわず仕事を諦める介護離職者は毎年約10万人にもなっています。家族介護者数は30年にピークを迎える見通しですが、そのうち約4割、約318万人が仕事と介護の両立が必要になります。

 そして、仕事と介護の両立困難に起因する労働生産性低下等に伴う経済損失は、30年には約9.2兆円と試算されています。

 仕事と介護の両立を果たすには、まずは育児・介護休業法において規定されている各種制度や介護保険サービスの利用を検討することです。その上で、これらの制度支援を補う形で、介護保険外サービス等の活用を視野に入れていくことが重要です。

 課題としては、第一に介護保険外サービスに十分リーチできていないこと、第二に企業における従業員の介護事情の把握が進んでいないこと、第三に介護に関するリテラシーが社会全体で低く、当事者になるまで介護の実態に触れる機会が限られ、職場等で介護の話題が出しづらいことなどが挙げられます。

 こうした背景を踏まえ、経済産業省としては、介護保険外サービスの振興など介護需要の新たな受け皿の整備、企業における両立支援の充実、介護に関する社会機運の醸成を推進しています。

>>経済産業省商務・サービスグループヘルスケア産業課担当官インタビュー(前編)はこちら