「松江の有名怪談スポット」なのに、小泉八雲が書き残していない不思議…朝ドラのオリジナルストーリーが素敵〈ばけばけ第50回〉

小谷、トキに「無理」と言う

 トキは銀二郎(寛一郎)と離婚が成立しているので、新たな恋をしてもおかしくないが、ヘブンはイライザを思っているはずなのに、この気持ちのもやもやした表現は何なのだろう。人間として気持ちが移ろうのは仕方ないことなのだが、ヘブンを遠距離で気持ちが移ろうキャラに描く必要性があるのかちょっとわからない。

 ヘブンの落ち着かなさを知らず、トキは大好きな清光院で水を得た魚のようになる。「おる、やっぱりわかる」と大興奮。

 小谷は松風が化けて出るという場所で謡曲「松風」をうたう。やたらとうまい。教養として習っていたのだろうか。

「松風」の伝説はこういうもの。江戸の昔、人気芸者・松風が若侍に言い寄られるが、彼女には相撲取りの恋人がいた。ある夜、松風は若侍と出くわした。若侍は松風を追いかけ、清光院の石段の途中で斬りかかる。松風は必死で逃げたが、境内の位牌(いはい)堂の前で息絶えて……。この悲劇によって、この場所で謡曲「松風」を謡うと松風の霊が出ると言われている。

 当然ながら(?)幽霊は出ない。怪談は非科学的であることを小谷は実証してみせたのだ。

「無理です」(怪談には)「ついていけません」「時間の無駄です」となかなかきついことを連発する。

 トキ「私は好きだけん 大好きだけん」
 小谷「好きだというお気持ちはうれしいんですが。ごめんなさい」
 (ポカーン)
 トキ「あ、違いますよ、好きだというのは怪談のことであって。あなたのことではないというか」

 小谷が一方的に心を寄せていたにもかかわらず、なぜかトキにすがられて振ったみたいな流れになってしまう。こうして小谷は自分のなかですっきり解決できる形ながら、トキはモヤモヤが残るだろう。

 さすが小谷。顔で好きになっただけはある。相手の心をまったく考えていない。

 そこへごーっと強風が吹く。もしかして、松風なのか、という可能性をここで少しだけ残して見せる。

 トキはドラマのなかで明晰(めいせき)に何かを語ることがほとんどない。だが、この場面では珍しく考えを述べている。

「この寂しさがええですよね。文明だ西洋だと いまの時代から取り残された悲しさや切なさがあって」という言葉だ。

 傳(堤真一)と銀二郎(寛一郎)が「寂しさ」について言及していたこと。それをトキも大事にしている。