作りたい料理を作れない、お店を開けることもできない、そんな日々の中で僕は自分に問いかけた。

 夢を持ち越していいのか?まだ僕はやれるじゃないか、今世でやらなければ絶対に後悔するぞ。

 また、コロナ禍で店を開けられなかったことで、自分の中でなんとなく抱えていた、このまま「オテル・ドゥ・ミクニ」のようなグランメゾン(編集部注/「大きな邸宅」を意味するフランス語に由来。ミシュラン三つ星クラスの超高級レストランを指す和製フランス語)を率いていくことへの迷いについて、じっくり考え冷静に分析する時間をもつことができたのも大きかった。

お父さんが思うようにやればいい
お金なんて残さなくていいよ

 ひとつは体力的な問題である。70歳がひとつの区切りだろうと以前から考えていた。

 料理人は味覚的にも体力的にもその他諸々の面からも60代がピークであるというのが僕の持論だ。もちろん経験値で衰えていくものを補いながら続けていくことはできる。とはいえグランメゾンを率いるとなると話は別だ。負担の大きさを考えれば、そんなに先までやっていけるものではないだろう。そろそろ潮時ではないか。

 もうひとつは時代に対する読みである。これからさらに人口が減り、客が減り、働く人が減る。近い将来80席のグランメゾンは成り立たなくなる可能性が高い。新しくなにかを始めるなら、存続の可能性が高い形にするべきではないか。

 これらをトータルに考え、2022年12月に「オテル・ドゥ・ミクニ」を閉店することを決めた。

 切りのいい70歳を待たずに閉めることにしたのは、夢の実現のための準備を始めるなら、まだまだ元気な少しでも早い時期のほうがいいと考えたからだ。

 スタッフには、1年ほど前に告げた。希望者全員が、グループ会社で働けることになったが、突然の閉店に不安も動揺もあったことと思う。

 ウィーンの大学で教員をしている娘にも、いちおう身内の大転身ということで事前に知らせた。こちらはじつにあっさりとしたもので、「お父さんはお父さんが思うようにやればいい。お金なんて、残さなくていいよ」と背中を押してくれた。

 こうして振り返って、本当にありがたく、そして誇らしく思うのは、やはり37年間昼夜ともにほぼ満席を続けることができたことだ。