それから、従業員の入れ替わりが少なく、長く働いてくれる人が多かったこと。オープン時のメンバーが何人も37年間辞めずに残っている店なんて、そうないはずだ。
気がつけば父親の教えのとおり
苦境に正面から立ち向かっていた
閉店した今、くり返し聞かれることがある。それは、
「どうして37年間も人気店であり続けられたのですか」
ということ。
判断ミスも失敗も含めて、僕のやってきたこと、考えてきたことのすべてが「オテル・ドゥ・ミクニ」の37年間だ。
締めくくる前に、僕なりの振り返りをしておきたい。
僕と僕の店がここまでくることができた理由のひとつは、困難にぶつかったときに、逃げずに正面突破する道を選んできたことにあると思う。
バブル崩壊のときはあえて店を3倍に拡張して売上を伸ばした。東日本大震災で誰も店に来なくなったときは、半額キャンペーンに打って出てオープン以来の最高益を叩き出した。コロナ禍では、YouTubeチャンネルをスタートさせ、若い世代へと客層を広げた。
苦境にあるときは、逃げたり立ち止まったりせず、立ち向かうことを選ぶ。これはじつは父親の教えである。子どもの頃、一緒に漁に出たときに、よくこう言われた。
「大波を避けようと舵を切ると、船体の横に波を受けて転覆する。でも、正面から向かっていけば、波を乗り越えることができる」
判断するときにこの言葉を思い出したり、反芻したりしたわけではない。でも気がつけば父親の教えのとおりにしていた。
もう1つの理由は、時代とともに進化し続けてきたこと。変わらないもの譲れないものは当然あるのだけれど、いいと思うものはどんどん取り入れてきた。
そもそもフランス料理というものは10年単位くらいで新しい波が生まれるのだ。自分らしさを守りながらも、新しいものを取り入れなければ待っているのは衰退だけ。人間だって店だって同じだ。時代が要求するものを表現し、提供していくことをやめてはいけない。







