代理と代行に違いはあるのか

「じゃあ、“代行”っていうのは?なんとか代行というのもいるよね」

「“代行”は、そもそも法律用語ではない。行政や会社で慣習的に使われる言葉で、一般的には“本人が不在・不能の間に、その職務を一時的に執行する”という意味」

「ますますわからない。政党の代行は、本人がそこにいるのに、代行もいるよね」

「そうなんだよね。○○長もいれば、○○長代理もいて、○○長代行もいて、その3人が膝を突き合わせて会議しているのだから、法律的にみたら意味がわからない」

「つまり、“代行”も“代理”も、名前は立派だけど、“本人と同一の行為”じゃない、すなわち代行も代理もしてないってこと?」

「してない。実際には、副とか補佐とか言うのと近い。それは組織内のルールで勝手に決まっている。ただ、外部から見ると、副とか補佐より偉く見える!」

「それ、なんかずるいね」

「立派そうで、使い勝手がいいからこの言い方はなくならないんだよね。実際、特定の党だけでなく、ほとんどすべての党で、代行とか代理とかの役職があるよ」

企業にも「肩書インフレ」の時代があった

 政治の“代理”が形式だけのものなら、実は企業も同じ過ちを経験している。

 かつて企業社会にも似たような時代があった。高度成長が終わり、昇進用のポストの数を増やせなくなり、1990年代以降、多くの会社で「ポスト不足」が深刻化した。昇格させたいが、イスがない。そうして誕生したのが、たとえば「人事部長」と「人事部 部長」が同時に存在する奇妙な構造だった。

「人事部長」は役員クラスが兼任し、実権を握る。一方、「人事部 部長」は名ばかりの管理職で、一般的には「改行部長」と揶揄された。というのも名刺の一行目に「人事部」、改行して「部長」と印字されるからだ。

 だが実際には決裁権も人事権もなく、いわば“肩書だけの部長”(正しくは職能資格上、部長級の資格を持っている人が名乗れることにした)だった。

 この「改行部長」こそ、組織が形だけの肩書を増やし、実質のない権威をまとわせようとしたことの象徴である。なぜ、そうした制度が利用されたのか。