理由は2つある。1つは年功序列の名残り、もう1つは体裁の文化だ。

 まず、年功序列の組織では、年上の社員を「部下」にできない。上司より先に昇進した若手が出れば、組織内の人間関係が軋む。そこで企業は見た目の「役職を増やす」ことで体裁を整えた。「○○担当部長」「次長」「副部長」「調査役」「参与」――こうして名刺上の肩書だけが増殖した。

 もう1つの理由は体裁、つまり外部向けの見栄えである。

 会社員の肩書は、社外の儀礼でもものを言う。結婚式で「父の肩書」を紹介できるかどうか、取引先との接待で「部長です」と名乗れるか――そうした社会的儀礼の重みが、実体のない役職を温存させた。

 しかし、その結果、中間層に人が滞留し、企業は硬直化した。完全に平社員扱いもできず改行部長を尊重した結果、責任が分散し、無責任体制の原因となった。

 2000年代以降、組織改革が進むと、企業はようやくこの構造を見直し、権限を明確化して肩書を整理した。今では「改行部長」はほとんど絶滅している。カタカナの肩書にして、より巧妙に誤魔化しているという説もあるが……。

政党はいまだ「肩書の迷宮」にいる

 ところが政党の世界では、いまなお“肩書のインフレ”が続いている。

「代行」「代理」「筆頭副幹事長」「共同代表」――どの党にも似たような肩書が並び、組織内の人や政治ジャーナリストは区別がつくのだろうが、一般人には識別不能である。なぜ、こんなに立派な肩書が多いのだろうか。おそらく、政党が企業以上に「顔を立てる」世界だからだ。

 派閥のバランスを取るためには、ポストは多いほうがよい。選挙で票を持つ人、資金を動かす人、組織をまとめる人など、それぞれに「肩書」を与えることで不満を抑える。つまり、肩書は機能ではなく「融和の装置」として使われている。

 さらに、選挙戦ではポスターやビラに肩書を載せる必要がある。肩書が長いほど、実力があるようかのような錯覚が生まれる。「政策調査会副会長代行」と書かれれば、実際には何をしていなくても“偉そう”に見える。選挙用の演出としては理解できるが、組織運営の観点から見ると、極めて不健康な構造だ。