「わかりやすい組織」こそ信頼の基盤
企業がすでに経験したように、肩書の乱立は責任の所在を不明確にする。誰が最終的に決めたのか不明なまま、物事が進む。トラブルが起きても「代行の判断だった」「代理に任せていた」と逃げ道が生まれる。結果として、誰も責任を取らない。
政党がこの構造を放置すれば、国民からの信頼を失うのは当然だ。政党も本来は組織である。ならば、外部向けの名刺やポスターではなく、内部の意思決定プロセスを明確にすべきだ(内部的には明確なのかもしれないが)。
どの会議が決定権を持ち、誰が責任者なのか。役職名をシンプルにし、機能に即した構造を整えることは、単なる形式論ではない。それは組織の透明性と説明責任を回復するための第一歩である。
「政党の肩書なんて形式にすぎない。本当の意思決定は裏で決まる」という声もある。確かにそうだろう。
だが、それが常態化しているなら、それこそが問題なのだ。裏で決めるということは、表では説明できないということだ。恒常化すると、組織の正統性は急速に失われる。表の職制が信頼を失えば、残るのは「誰かが決めている」という不透明な権力構造への不信感だけになる。
見える化とシンプル化のすすめ
組織の健全性は、肩書の数ではなく、責任の明確さで測られる。企業がそうであったように、政党もまた“ポストの論理”から脱しなければならない。代行でも、代理でも、共同でもなく、業務にあった名前をつけ、負う責任の範囲を明示すべきだ。
そうでなければ、有権者はいつまでたっても「誰が決めているのか」わからない。民主政治は、わかりやすい構造の上にしか成り立たない。
「代行」と「代理」があふれる国は、結局のところ、責任を避けたい人たちが作った国である。そのことに気づいていない政治家はいないだろう。
だが、肩書をありがたがるのは私たち自身でもある。真に問われているのは、表向きの肩書ではなく、私たち有権者がどんな評価基準を持つかということなのだ。







