中国政府が香港から
自由を奪った理由

 香港統制の核心は「香港の富を奪うこと」ではなく「香港を通じた資本流出を封じ込めること」にある。

 返還以降の香港は、「一国二制度」のもとで、中国本土とは異なる自由な法制度と金融制度を維持してきた。中国本土は資本移動を厳格に制限する国家管理経済である一方、香港は資本取引と法の支配が保障された自由金融センターとして、米欧や日本の資本を呼び込むゲートウェイとして機能してきた。

 だが、2019年の大規模デモとその後の強硬な鎮圧、そして2020年の香港国家安全法の導入を契機に、その役割は大きく変質した。アメリカは香港に与えていた特別関税待遇を撤廃し、香港は「自由貿易基地」という絶対的な強みを失ってしまう。

 それでも中国政府は香港を手放さなかった。むしろ、その統制を強めつつ、新たな役割を与えようとした。

 その一つが、人民元の国際化である。中国政府は、中国本土のマネーを海外に循環させる手段として、オフショア人民元市場を香港に形成し、人民元建て債券の発行や決済ネットワークの構築を進めてきた。

 最近ではデジタル人民元の実証実験やクロスボーダー決済の試行も、香港を舞台に行われている。

 表向きの説明は、「ドル一極支配に対抗する多極通貨体制の構築」である。だが、実際は、国内で膨張し続ける中国マネーを海外に分散させるための「逃げ道」としての性格が強い。

 国家が信用を供給し、中国共産党が金融を管理する中国式の金融システムは、経済が減速すればするほど、刺激策と信用供与に依存せざるを得ない。企業や地方政府の債務は雪だるま式に膨らみ、国内には行き場のない中国マネーが滞留していく。

 中国政府は、この過剰流動性を人民元の国際化を通じて外に逃がそうとしてきた。香港はそのための重要なハブである。同時に、従来の香港は中国の富裕層や企業にとって「資本逃避の出口」でもあった。

 香港経由の不動産購入、オフショア会社を使った資産移転、人民元からドルや香港ドルへの交換など、さまざまな形で本土からの資本流出が行われてきた。