国家安全法は、表向きは「テロや分離独立を防ぐ」ために導入されたものだが、実際には行政への批判や市民の抗議、ジャーナリズムの調査報道を萎縮させる効果を持っている。

 この火災をめぐる一連の動きによって、その負の側面が安全問題で露呈した形になった。

投票率はわずか30%台
選挙棄権という市民の反乱

 火災と同じ時期、香港では立法会選挙が行われていた。2021年の選挙制度改正以降、立候補できるのは「愛国者」と認定された人物に限られ、民主派の政党や候補者は事実上、排除されている。

 議席数は90だが、このうち一般市民が直接選挙で選べるのは20にすぎず、残りは北京寄りの業界団体や職能団体に属する限られた選挙人によって決められる。ちなみに、直接選挙でない70議席のうち、40議席は北京寄りの選挙委員会が選び、30議席は業界団体や職能団体による「機能別選挙区」から選ばれる。

 政府は今回の選挙を「新たな愛国者統治の成果を示す場」と位置づけ、投票率の引き上げに異例の力を注いだ。各所にポスターや横断幕を掲げ、街中のスピーカーからは投票を呼び掛けるジングルが流れた。

 公務員には積極的な投票参加が奨励され、商工会議所には企業が従業員に投票を促すよう要請された。火災で家を失った宏福苑の住民には、新しい投票所の案内と無料の送迎バスが用意された。

 だが、投票率は30%台にとどまった。多くの市民には「投票しても政治は変わらない」という諦めが蔓延していたのである。ある被害者女性は、生活の立て直しで手一杯で、とても投票どころではないと正直に語ったという。

 中国政府は、この火災を小さく見せて、選挙が健全に行われているように偽装しようとしたが、香港市民は「棄権」という形でそれに反抗して見せたのである。