両者には、正の相関、すなわち右上がりの回帰傾向線(点線)が成り立っている。つまり、当たり前のことだが、人生は自由になると感じている人が多い国ほど、その国の幸福度は高いといえる。人生が自由になるかは幸福度をある程度決めていると考えられよう。
ただし相関度を示すR2値は0.2054とそれほどは高くない。
興味深いのは、回帰傾向線から上方に乖離しているか、それとも下方に乖離しているかである。前者は、人生が不自由でも幸せを感じられる国であり、後者は人生が自由でもそれほど幸せになれない国である。
日本の特徴は、回帰傾向線からの乖離幅が最も大きく、前者の程度が世界一である点に求められる。日本人は人生を自由に生きていなくとも幸福は感じられる、すなわち人生が不自由でも余り嘆かないのである。
似たように回帰傾向線から上方に乖離している国としては、マカオ、シンガポール、韓国、台湾、中国など日本と同じ儒教圏の諸国、あるいはベトナム、タイ、フィリピンなど東南アジア諸国、ヨーロッパではフランス、英国などが挙げられる。
『統計で問い直す はずれ値だらけの日本人』(本川裕、星海社新書)
逆に、人生が自由でもそれほど幸福を感じられない国としては、ボリビア、ベネズエラ、ペルーなど中南米諸国、あるいはイラン、イラクなど中東諸国、ヨーロッパでは、ルーマニアやギリシャなどが挙げられる。中東でもカルロス・ゴーン氏の出身地レバノンは日本に近い。
人生は自由にならないと思っている人の多さからは、日本人の人生態度は、よく言えば慎重、悪く言えば暗いといわざるを得ない。
しかし、だからといって不幸せでもないところを見ると、自分の人生を自由に動かせると思っていて、後で、うまく行かなくて嘆くよりも、最初から、うまく行かないと思っていれば、何かの幸運でトントン拍子に行けば、これほどうれしいことはないと思える。こんな人生態度なのではないだろうか。
あるいは、仏教の無常観などに影響されて、人生が自由になると思っているのは思い込みに過ぎないという諦観を日本人は抱くようになっているためなのかもしれない。







