おひとり様向けのビジネスは
選択肢を増やしただけではない
つまり、「おひとり様」「ソロ」向けビジネスの発展は、「強者」にとっては実利的な選択肢が増えることでしかないが、単に人間関係が希薄な「弱者」にとってはそれ以上に格好の隠れ蓑として機能する可能性が高い。
それは「見た目」=「ぼっち」を気にしなくても良い半面、社会的孤立の問題が見えづらくなることをも意味する。
そして、イソップ物語の「酸っぱい葡萄」に出てくるキツネのように、自分が望む人間関係を手に入れられなかったことについて、「単独行動のほうが気楽」「裏切られるリスクがない」「異性と一緒に暮らしても苦痛のほうが上回る」などともっともらしい理由を考えることで、劣等感などを意識の外に追いやり安心感を得るのである。
「ひとりでいること」を1つの美学、処世術として「他人といること」よりも“上位”に位置付けることによって、自己を正当化する心理的な防衛といえる(ただし、「ひとりでいる」ことの戦略的重要性を説く自己啓発本の多くが、主として「ひとりの時間を作る」ことの重要性を訴えているだけであり、「いつでもひとりでいること」を推奨しているわけではないことには注意が必要である)。
ここで焦点になっているのは「感情資本(著者注/社会生活の多様な場面において情動をコントロールし、人間関係を円滑に進めることができるコミュニケーションスキル)」だ。
「孤独は健康に悪く、寿命を縮める」「ひとりのほうが生存戦略として有利」――孤独をめぐる議論は、だいたいこのような形で二極化しやすい。
孤独に関しては、孤独死の問題とセットで話題となることが多く、交流の頻度が少ない人ほど遺体の発見が遅れる傾向が公的な調査などで分かっている。このような不安から結婚が最適なリスクヘッジとみなす識者もいるほどだ。
だが、事はそう単純ではない。家族に囲まれていても強い孤独にさいなまれている人もいれば、友人未満の「弱いつながり」が少しあるだけで孤独をまったく感じない人もいる。これは、家族構成や社会的地位といった表面的な属性を問わず、本人にとって最適な人間関係が築けているかどうかが重要であることを示している。
要は「関係のマネジメント」と評すべき個人の能力、「感情資本」の有無が本人にとっての適切な関係性を形作る下地になっているのだ。







