自分がひどい目に遭っていることを、引いたところから客観視できる癖が付けば、ひどい状況におかれても冷静に観察できます。大変な状況でも文章に変えたら、コントみたいに面白がれる。むしろ、頭で考えたストーリー通りに行かないときの方が、面白くできる可能性が広がります。
仮説は立ててもいいが
ストーリーまでは作らない
うまく行き過ぎちゃって書くことがない、ということはよくあります。
『デイリーポータルZ』のライターの江ノ島茂道さんはアクシデントが起きるまで待っているそうです。彼は記事でよく慌てていますが、慌てられる状況を待ってるんですね。だから取材に時間がかかる。
同じ意味で、「仮説は立ててもストーリーは作らないでください」といつもライターさんに言っています。
取材する前に絵コンテやシナリオを作って、それに合わせてびっくりした顔を撮ったり、写真に集中線をつけたり……そういう作り方で面白くなったことがないんですよね。
『「面白い!」を見つける 物事の見え方が変わる発想法』(林 雄司、筑摩書房)
不意に撮れた表情だったり、うまくいかないことを強がってごまかしている文章のほうが魅力的です。
もちろんシナリオ通りでも世界観込みでおもしろさを作れる人はいます。でもその方法はよく分からないので、私はこの世界で自分がやろうとしたことと現実の軋轢を描くようにしています。
頭で考えたことを物理でやろうとすると、「ドアに引っかかっちゃった」とか「警備員に怒られて恥ずかしい」とか「風が強い」とか、物理世界のいろんな摩擦が起きる。
軋轢なんて書きましたがたいしたことではなかった。でもそれが面白いと思うんですよね。そこがないと平坦な記事になっちゃう。
面白いことは世界に、頭の外側にあります。何が起こるかわからない状況を作ってそこに身を投じて楽しむ。これが発表するものを生き生きさせる方法です。







