写真はイメージです Photo:PIXTA
現在、公立小・中学校の多くには特別支援学級が設けられている。しかし、その原点にある知的障害児教育は、必ずしも人権や福祉の理念から始まったものではなかった。19世紀末に登場した知能検査は、子どもたちを能力別に分類し、「障害」というラベルを与えることで、定型発達児向けの教育から切り離す役割を担ってきた側面もある。支援と排除、保護と差別――その歴史は決して綺麗事だけでは語れない。知的障害教育と知能検査が歩んできた光と影の軌跡をたどる。※本稿は、立命館大学大学院人間科学研究科教授の宮口幸治『境界知能 存在の気づかれない人たち』(扶桑社)の一部を抜粋・編集したものです。
知的障害児教育の必要性から
19世紀に生まれたIQ検査
知的障害の教育と並行して19世紀の半ばから人の能力の差について測定しようといういくつかの試みがありました。
当時フランスでは知的障害児は普通児と同じ義務教育を受けていたものの、教育効果が上がらず、さらに授業を妨害することが少なくなかったこともあり、知的障害児に特別な教育法を受けさせるために普通児から区別する科学的方法を確立する必要もありました。
その中でフランスの心理学者アルフレッド・ビネーは科学的手法で客観的に知能の程度を段階化した知能検査法「知的検査1905年法」を開発し、世界中で注目されることとなります。
1908年の改訂版では精神年齢の概念が導入され、特にアメリカのヘンリー・H・ゴダードは同国に幅広く普及させました。
それに伴いアメリカのルイス・ターマンは「知能指数(IQ)」を考案して、年齢ごとにIQが正規分布することを発見し、その後、知能の程度はIQで区分されることになりました。
IQの考案により、知的障害の客観的な分類や特別支援教育の普及につながった一方で、IQによるラベリングなどの弊害も生じることになりました。







