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*本稿は、現在発売中の紙媒体(雑誌)「息子・娘を入れたい会社2026」の「世界で働くという選択」に掲載した記事を転載したものです。 

早稲田大学を卒業後、エジプトへの語学留学を皮切りに香港、中国を経て現在はオーストラリアで会社を経営している筆者が「海外で働くということ」の意義を語る。(文/西原哲也)

同級生の就活を横目に
エジプトへ語学留学

 大学3年生が修了した1991年2月、僕は大学を休学し、単身エジプトの首都カイロに渡った。カイロ・アメリカン大学(AUC)に語学留学するためだ。

 その頃は、4年生になる春から就職活動を始めるのが慣例だった。でも、僕は同級生たちが就活に動き出す姿を横目に、あっさりと日本を出る道を選んだ。不思議と不安はなかったことを覚えている。

 子どもの頃から文章を書くことが好きで、大学に入ってからは、海外で活躍できるジャーナリストになりたいと思うようになった。だから、大学時代は英語はもちろん、もう一つ外国語の武器を持とうとアラビア語の習得を思い立った。

 日本が石油資源の9割を依存する中東諸国は、まさに日本の命綱といえる。そんな国々の人や文化や言葉に関心を持ったのだ。アルバイトを掛け持ちして何とかためた学費と生活費を元手に、僕は一路カイロへと向かった。

 当時は湾岸戦争が終わった直後だったから、現地に日本人はほとんどいない。AUCでも日本人留学生は僕一人。それでもカイロでの生活は、日本では到底味わえない予想外に満ちていた。

 ある日の深夜、僕はカイロ市内を抜け、砂漠を忍ぶように歩いてピラミッドまでたどり着いた。そして、誰もいない頂上に登り、感じたことを興奮気味に小型カセットテープレコーダーに吹き込んだ。

 現在はピラミッドの周りに囲いが造られ厳格に登頂管理が行われている。当時だから録音できた“ピラミッド登頂の実況”は、デジタルに変換して今もオーストラリアの自宅で時折再生している。