改めて聴き返すと、歯が浮くようなセリフばかりで耳を覆いたくなるほど恥ずかしい。半面、当時の素直な自分の感性に、はっとすることもある。「挑戦することが、どれだけ感動を与えてくれるのか分かった気がする」
――23歳の僕は夜の砂漠の風景を実況しながら、こう吐露していた。
帰国後は通信社に入社し、念願の記者になった。しかし6年で辞めた。昼夜机上で海外の経済情報を翻訳するだけの仕事に限界を感じたのだ。
90年代後半は、中国経済の大躍進と共に「アジア時代の幕開け」とうたわれた。生のアジアの鼓動を実際に体で感じてみたくなった僕は、英国からの返還後間もない香港へ。香港大学大学院でアジア研究の修士課程に学んだ。
「学歴」は通用しない
自分の「価値」が問われる海外
今はオーストラリアに住んで15年目になる。香港に10年、中国に3年、カイロの1年を加えると海外生活は通算で30年近くになった。
アジアやオーストラリアには、「日本(Japan)」という民族や文化に興味を持つ人が多く「日本人である」こと自体にアイデンティティーを感じることも多々ある。
一方で、仕事をする際には国籍に関わりなく「どんな付加価値を生み出せるか」という本質的な力が問われ、日本で重宝される「学歴」は意味を持たない。
海外生活は、海千山千の多くの国の人たちに囲まれ、自分が磨かれ続ける機会の連続だとつくづく思うのだ。
僕が経営する会社には、毎年、日本から大学生のインターンがやって来る。彼らの圧倒的多数は、日本での就職をにらみ、体験としてのインターンを終えて帰国する。
だが、自分を磨く機会をもっと広げて、海外での就職も考えてみてはどうだろうか。多様な価値観の中で生きるバイタリティーを身に付けた人材には、世界の企業が魅力を感じるはずだ。
おいしいワインを作るには、肥沃(ひよく)な土壌で育ったブドウより、岩盤や石だらけの痩せた土壌に地中深く根を張り、厳しい環境を乗り越えて育ったブドウがよいといわれる。
日本という小さな鉢に守られて育つより、広い大地に根を張るべく果敢に外へ飛び出してみてもよいのでは? 自身の人生を、より実り豊かなものとするために。
西原 哲也にしはら・てつや/NNAオーストラリア代表取締役、長野県国際化アドバイザー、須坂市応援大使。1968年長野県生まれ。早稲田大学社会科学部卒。カイロ・アメリカン大学留学。時事通信社外国経済部を経て、香港大学大学院アジア研究(MAAS)修士課程修了。2001年、共同通信グループNNA中国総合版編集長を経て2011年より現職。主な著書・訳書に『李嘉誠・香港財閥の興亡』(NNA)、『中国の現代化を担った日本・消し去られた日本企業の役割』(社会評論社)、『オーストラリアはいかにして中国を黙らせたのか』(徳間書店)、『日本人という呪縛 国際化に対応できない特殊国家』(徳間書店・訳)。 写真は1992年当時のエジプト・カイロ市内で撮影(本人提供)









