私は周りの番組の仲間と一緒に、電話で必死に父に投票しましたが、毎回結果は最下位。総裁選は人気投票ではないはず。ゲーム感覚の番組にやるせない気持ちになりました。父も周辺に「ちょっと悪乗りしているな」と話していたそうです。
そして7月24日、総裁選の朝を迎えました。斎木昭隆秘書官はいつものようにすべての新聞に目を通し、王子の家に父を迎えに来ました。外務大臣秘書官として最後の仕事です。斎木さんはその時、「新聞にこんな記事を見つけましたよ」と父に手渡しました。
「うし年 自分を捨てるコツをおぼえたり 本日天下無敵の大吉祥」(東京新聞98年7月24日)
28面の運勢欄。斎木さんはどこまで細かく新聞をチェックしていたのでしょうか(笑)。この記事に父はとても喜んで、「もらっておくぞ」と言って、新聞のその部分を破いて胸ポケットに入れました。
容姿批判などの心ない
バッシングに家族は心を痛める
そしてその後の派閥の決起集会で、父がこの記事を読み上げ、万雷の拍手が起こったそうです。
そして斎木さんは父が総理になった後も、海外への情報発信を担当する副広報官として官邸に呼ばれることになります。「総理官邸は外国メディアに対する発信能力が低い」という、父の以前からの問題意識によるものでした。
総裁選は、橋本総裁の辞任によって急遽行われたために党員投票はなく、党所属の衆参国会議員365人と地方代議員47人による投票で行われました。その結果は、このようなものでした。
小渕恵三 225
梶山静六 102
小泉純一郎 84
無効 1
初当選から35年。ついに父は自民党総裁に登り詰めました。しかし世論の人気は低く、マスコミの評価も「ボキャ貧」だの「暗愚の宰相」だの散々でした。中には「もみあげが長い」とか、「メガネがダサい」とか外見にまつわる批判もあり、母と改善できることは改善しようと努力しました。
ただいつまでたってもやまないバッシングに、批判を飲み込んで怒らない父の代わりに、母が憤慨していました。私も仕事場で各局の報道を横目で見ながら、いたたまれない気持ちで一杯でした。







