冷めたピザを持たされた写真が
「タイム」の表紙を飾る
当時の日本経済は、97年の北海道拓殖銀行と山一證券の破綻など金融危機に直面し、不況が深刻化していました。株価も下落し、失業率も悪化、企業倒産件数も増加。「経済再生」は待ったなしの課題でした。
父にその大役が担えるのか、国内外から厳しい目が注がれていました。朝日新聞がこの頃、父が総裁選に勝った時の海外メディアの報道をまとめて伝えていますが、かなり厳しい論調です。
「自民党内で『凡人』と呼ばれる彼が、戦後最大の不況から日本経済を救い出す大役を担う。過去二週間、彼ほど数多くの非難を受けた政治家も珍しい」(7月24日ロイター通信)
「日本の有権者や世界の市場が日本の景気回復に大胆な行動を求めている時に、第一党は政治的に気の弱い人物を選んだ」(7月25日ニューヨーク・タイムズ)
さらに総理就任時の象徴的な揶揄が「冷めたピザ」でした。これは「ニューヨーク・タイムズ」の表現が拡散したもので、「活力がなく魅力的でない」という明らかなマイナスイメージです。
さらにアメリカの週刊誌「タイム」は、インタビューの際の写真撮影で、わざわざ実物の冷めたピザを持ってきました。なんという悪乗り。同席していた秘書官は「ふざけすぎだ」と思ったそうですが、父は悪びれずに一緒に写真に収まり、冷めたピザをにこやかに手に持つ父の写真が「タイム」の表紙となりました。
父は後日、月刊誌「中央公論」でこのように語っています。
「(写真撮影の)最後に、『こういうピザもありますけど』といって、日の丸みたいになっている、わざわざつくらせたらしいピザをもってきた。『おもしろい、いよいよ僕を冷やかすな』と思っていたら、写真を撮ったんですよ。けれど、まさかその写真が表紙になるとは思わなかったね(笑)。
(中略)つねに明るく、楽しく、楽観主義でいくというのが、僕の主義ですから。(中略)僕は『一日一生涯』―毎日その日を精一杯生きています。これが私の人生のすべてです。明日はまた明日の風が吹くでしょう――と思っていますからね」







