事態を丸く収めるために
剛腕・渡辺に白羽の矢が立つ

 電撃的に江川との入団契約を発表した巨人軍だったが、セ・リーグ事務局は契約を無効として認めなかった。これに対して巨人軍は、この措置への抗議のためドラフト会議を欠席した。

 巨人軍不在のドラフト会議では、四球団が江川を一位指名し、抽選で阪神タイガースが交渉権を得た。巨人軍は全球団が出席していない会議は無効であると主張し、阪神の江川に対する交渉権を認めないなど、事態は泥沼の様相を呈していった。

 この時も船田との関係性から、事後処理を託されたのが渡辺だった。

「船田さんは旧大野派の幹部だったから昔から親しかった。そんな関係もあって私にお鉢が回ってきたらしい。私はとりあえず野球協約を勉強し、自分にとっては畑違いの野球関係者に会って回った。巨人はドラフト会議をボイコットし、巨人との契約は無効と主張する阪神が江川投手を指名して巨人軍と真っ向から対立した。事態は膠着して容易に動かない(注2)」

「それにしても週刊誌やスポーツ紙の記者は図々しいね。社長室のすぐ近くまでスポーツ記者に占拠された。なんとか彼らが入れないブロックを使って江川親子を保護していたんだ。目つきの悪いのも押しかけてきたし。

(中略)僕は野球をまったく知らなかったけど、社のイメージダウンにならぬよう対応したわけだ(注3)」

 その後、巨人軍が江川との契約が認められない場合には新リーグを作る構想まで明らかにするなど、事態はさらに混迷を深めていった。

(注1)渡辺恒雄、御厨貴、伊藤隆、飯尾潤『渡辺恒雄回顧録』中央公論新社、二〇〇七年、四九七―四九八頁。

(注2)読売新聞社調査研究本部『提言報道 読売新聞の挑戦』中央公論新社、二〇〇二年、七頁。

(注3)読売新聞、一九九四年一一月三日付、朝刊一面